田原俊彦×坂本冬美“初恋対談”「だいたいのことは笑っていれば大丈夫」「モチベーションはお袋」“トシちゃん節”全開
我らが冬美姐さんが贈るモゴモゴSPECIAL第6弾のお相手は、青春時代に恋焦がれた“永遠のアイドル”トシちゃん。スタジオに入るなり、目をハートマークにした冬美姐さんの前に、ついについに、田原俊彦(63)が降臨! 【写真あり】トシちゃんと冬美が手を合わせてハートに! ――6月19日、冬美さんが首を長くして待っていたという田原俊彦さん80枚めのシングルがリリースになります。 田原 デビュー45周年記念のシングルは『愛だけがあればいい』。今日は、冬美だけがいればいい……なんつってね!(笑)。 坂本 いや……あの……嬉しいんですけど、トシちゃんのファンの方に叱られちゃうので、リップサービスはほどほどでお願いします(苦笑)。 田原 大丈夫! 僕のファンはみんな心が広いから、逆に喜んでくれるんじゃないかな。 坂本 だと、いいんですけど。 ――そして、そして、26日には“想い”をコンセプトに、大切な“想い”を歌に込めた冬美さんのニューアルバム『想いびと』が発売になります。 田原 一週間後!? やっぱり、僕と冬美ちゃんとは縁があるんだよ。イェ~~イだね。同じ時代を生き抜いてきたもの同志、これからも頑張ろう! 坂本 トシちゃんは、わたしが青春時代に胸をときめかせたピッカピカの大スター。人間じゃない、スター! 当時は、オナラもしないと思っていましたから(笑)。 田原 そうなの!? オナラはするよ。ブーブー、する(笑)。 坂本 知ってます、YouTubeで見ました(笑)。でも当時は、わたしだけじゃなく、女の子みんなそう思っていたんですから。 田原 ははははははっ。確かに1970年代、1980年代は、芸能界とテレビというのが大きな存在で、僕はそのなかで、ジ・アイドルとして輝かせてもらっていたからね。とにかく、すごい時代でした。 坂本 一日の睡眠時間が2、3時間だったとか。 田原 それはちょっとオーバーだけど、でも、3、4時間くらいかな。それが、1年中ずっと続いて。 坂本 お休みは? 田原 最初の10年間はなかったんじゃないかな。そこから、年に2日くらい休みをもらえるようになって。今だったら、完全に働き方改革違反だよね(苦笑)。 坂本 気分転換というか、フラストレーションの発散は、どうしていたんですか。夜、こっそり遊びに行くとか? 田原 若くて、エネルギーが有り余っているから、管理人に見つからないように2階の部屋から塀をずりずりと降りて、ちょい、ちょい、合宿所を抜け出してましたね。 坂本 そうやって抜け出して遊びに行くときも、田原俊彦なんでしょうね。 ■この1年でファンクラブの会員が500人も増えた 田原 そう。六本木とかに行くと、「おーっ、トシちゃんじゃん」とか言われて絡まれたり、蹴飛ばされたりとかも、しょっちゅうだったね。 坂本 え~~っ!? どうするんですか、そういうときは? 田原 逃げる! 騒ぎを起こすのは絶対にマズイというのが常に頭にあったから、とにかく逃げた。自慢じゃないけど、テーブルの上を走って逃げたこともあるからね。 坂本 あはははは。でも、夜の六本木はともかく、当時は、どこに行っても、キャーキャー言われていたわけじゃないですか。浮かれた時期というのはなかったんですか。 田原 あるよ。あるに決まってるじゃない。たいがい浮かれていたから、マジで(笑)。 坂本 それは、そうですよね。 田原 ただね、僕は自分で夢見て飛び込んできた世界で、運よくチャンスをいただいて、輝かせていただいたという自覚がずっとあったので、大きな問題は起こしていない。浮かれすぎて仕事に穴を開けたのも1回だけだと思う。 坂本 それはいつ? どこで?何があったんですか? 田原 27歳のころかな。打ち上げで、調子に乗ってはしゃぎすぎて、翌日起きたら声が出なくて……。ステージで土下座して「すみません」と、お客さんに謝りましたね。 坂本 みなさん、トシちゃんのファンの方ですから、怒るより早く喉を治して、また元気に歌ってほしいという気持ちだったでしょうね。 田原 でも、プロとしては、それは絶対にやっちゃいけないことだから。すごく……いや、ものすごく反省しました。 坂本 何度かコンサートに行かせていただいていますけど、当時のファンの方が今もずっとファンでいてくださって、なかにはお子さんを連れている方や、ご夫婦でという方もいらっしゃいます。 田原 この1年で、ファンクラブの会員が500人も増えたし、昔は99パーセントが女性で、男性が1人とか2人だったのが、今は2、3割ほどが男性ですからね。本当に嬉しいし、本当にありがたいです。 坂本 それって、トシちゃんが、デビュー時からずっと変わらず、ずっとカッコいいままで、ずっと頑張ってこられたということの証明ですからね、すごいです。何か秘訣みたいなのはあるんですか? 田原 う~~~~~ん。面倒くさがり屋で、体にいいことといえば、犬の散歩くらいだし(苦笑)。あっ、でも、最近は車に乗らないで、めちゃくちゃ歩くようにしています。 坂本 ジムは? 田原 行かない。お酒はほとんど飲まないけど、そのぶん、ケーキとか甘いものを食べているし、人間ドックにも行ったことがないし…… 坂本 えっ!? 人間ドックに……い・か・な・い? 田原 いや、本当に行ったことこがない。 坂本 体が資本なんですから、最低でも人間ドック行かなきゃダメですよ~。 田原 みんなそう言うんだけどさ、行って「あなたの命はあと3カ月です」とかって言われたら嫌じゃん。 坂本 怖いのはわかりますけど、ファンのためにも、人間ドックには行ってください。わたしからもお願いします。 田原 (明石家)さんまさんも言っていたけど、だいたいのことは、笑っていれば大丈夫だから。それに僕の場合、コンサートで、歌って踊ることが最大の健康法になっているからさ。 坂本 それは認めます。ハードに踊った後、バラードを歌えちゃうのもすごいし、ピッチがすごくいいのもわかっていますけど……トシちゃんも、デビューから45年間も年齢を重ねているわけですから、少しは体に気をつけてほしいです。 田原 そうだね。僕が初めて『NHK紅白歌合戦』に出たとき、おじいちゃんに見えた三波春夫さんが57歳。村田英雄さんが51歳。御大と呼ばれていた2人の年齢を超えているわけだからね。周囲からは若く見えると言われるけど、実際63歳だからね(笑)。 坂本 年齢は意識されます? 田原 う~~~ん。あんまり気にしていないかなぁ。同窓会とかに行くと「うわっ、じいさんばっかりだ」と思うのかもしれないけど(笑)。田原俊彦をやっている限りは、このままなんだろうなという気はしている。 ■ファンは僕にとって家族、ファミリーです 坂本 目標とか、この先、こうなりたいとか、こうしたいというのはあるんですか? 田原 これまで行き当たりばったりでやってきたし、ゴーイングマイウェイだし、利己主義で、群れるのが嫌いだから、これからもケ・セラ・セラ、なるようになるさかな。 坂本 それでモチベーションが保てるんですか。 田原 僕のモチベーションは、お袋だから。僕が小学生のときに親父が亡くなって、そこからお袋がどれだけ苦労してきたかを見てきたからね。お袋を楽にしてあげたい、キラキラしたスターになるんだ。その気持ちが田原俊彦の原点で、それは今でも変わらない。 坂本 コンサート会場でお会いさせていただきましたが、素敵なお母様ですよね。 田原 僕のファンに手を振りながら会場に入ってきたり、ディナーショーではいちばんいい席に座ったり、当然のような顔で、ファンクラブの旅行ツアーに参加したり、最近ちょっと調子に乗っているんですけどね(苦笑)。 坂本 それだけ嬉しいんですよ。最初に田原俊彦のファンになったのも、お母様だと思いますし、大切にして差し上げてください。 田原 うん、そうだね。ファンクラブの会員番号1番もお袋だし、今年7月で93歳だからね。僕の活躍が、お袋の元気のエネルギーになっているんだとしたら、やっぱり嬉しいし、もっともっと頑張らなきゃとは思います。 坂本 7月から、全国19カ所、20公演のツアーがスタートしますね。 田原 コロナ禍の中でも、コンサートツアーだけは続けてきて。そこが僕の矜持であり、守り続けてきたものなので、今年も全力で行きますよ。 坂本 歌う曲や構成は、毎年変えられるんですか? 田原 当然です! あと、キーは昔と変えないし、ダンスも目一杯、やります。 坂本 どの曲をセットリストに入れるか、悩みませんか? 田原 すっげぇ悩んじゃう。田原俊彦といえば『抱きしめてTONIGHT』『ごめんよ 涙』『哀愁でいと(NEW YORK CITY NIGHTS)』は外せないし、冬美ちゃんも、そうでしょう? 坂本 わたしの場合は、デビュー曲の『あばれ太鼓』『夜桜お七』『また君に恋してる』と、桑田佳祐さんからいただいた『ブッダのようにわたしは死んだ』ですね。 田原 僕が3曲に絞ったのに、冬美ちゃんは4曲挙げる? ずりぃ~な~。 坂本 いや、あの……そこは、モゴモゴモゴ。 田原 いいけどさ(笑)。さっきの3曲のほかにも、これとこれと、これも歌いたい……となるじゃない? 坂本 なりますね。 田原 だよね。そういうとき、僕は4、5曲を8分のメドレーにしたりとかして。ずっと踊りっぱなしだからキツイんだけど、田原俊彦なんだから、しょうがないかなと思っている(笑)。 坂本 今のトシちゃんにとって、ファンというのはどういう存在なんですか? 田原 なくてはならないもの、血ですね。僕のいいところも短所も全部わかってくれていて、それでも僕のことが好きだと言ってくださる方は、家族、ファミリーです。 坂本 家族がいるから、頑張れる? 田原 そうです。僕を愛してくれる家族に、退化しながらも、進化し続けている田原俊彦を見てもらいたい。それが僕のエネルギー源です。 坂本 ファンの方がこれを読んだら、泣いちゃいますよ、きっと。カッコよすぎます。 田原 そうでしょう! でも、それでいいんです。だって僕は、田原俊彦なんだから(笑)。 たはらとしひこ 1961年2月28日生まれ 山梨県出身 1979年に、TBS連続ドラマ『3年B組金八先生』でドラマデビュー。1980年『哀愁でぃと』で歌手デビュー。これまで数々のヒット曲を歌い続け、デビュー45周年を迎えた今年、80枚めのシングル『愛だけがあればいい』をリリース さかもとふゆみ 1967年3月30日生まれ 和歌山県出身 『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。著書に『坂本冬美のモゴモゴモゴ』。現在、最新シングル『ほろ酔い満月』が発売中。また、6月26日にニューアルバム『想いびと』を発売 写真・福田ヨシツグ 取材&文・工藤 晋 スタイリスト・日下部慶子(田原)、小泉美智子(坂本) ヘアメイク・我妻正一(田原)、岡崎じゅん(坂本) 衣装協力・レースブラウス・sakayori. ネックレス&ピアス・MELLERIO(坂本)
週刊FLASH 2024年7月2日号
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