両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.25
アパート管理人
指圧をやめて暇になった本間は、雑草だらけになっていた家の庭の掃除を始めた。雑草を抜き、芝生の手入れをし、家の前の歩道も掃除した。荒れていた庭が次第に綺麗な芝庭に変わって行った。 また、駐車スペースの土を掘り起こして畑にして野菜作りを始めた。野菜作りも岩間道場時代にみっちり修業しているのでお手の物だ。数カ月後には見事な野菜畑となった。 そんな変貌ぶりに驚いた家主のジョンソンが、ある日本間に声を掛けた。 「ミスター・ホンマ、あんたは何でも出来る人ですね。ガーデンはこの辺りでは一番綺麗になったし、いつの間にかバックヤードには畑まで作ってしまって野菜も色々栽培している。もうスーパーへ買いに行く必要ないですね」と笑いながら言った。 そして、こう切り出したのだという。 「そんなあなたを見込んで頼みたいことがある。もし良かったら私が持っているアパートの管理人になってもらえませんか。今の管理人が高齢で、働けなくなって困っているんです」 思いがけない家主からのオファーであった。アパートの管理人になれば月々の手当がもらえる。そして今住んでいる家の家賃も安くしてくれるという。こんな有難い話はない。
督促状
だが、その仕事は彼の想像をはるかに超えたものだった。 アパート管理人といえば、日本では留守番のようなイメージだが、当時のデンバー貧困街ではまるで違った。 本間が管理人となったアパートには、貧しいヒスパニック(メキシコ系アメリカ人)の住人が多かった。彼らは「家賃というものは、そもそも払うものではない」と考えているような連中だった。 彼らは、家賃の支払日が近くなると部屋の下水道管をわざと詰まらせたり、電気の配線を操作して電気を停める。そして、叫ぶ。「下水道管が詰まっているんじゃ、生活できないだろ。管理人が修理するまで家賃なんか払わない」。 本間が点検して修理をおこなっても、彼らは家賃を払おうとはしない。 次に本間は、彼らにレター(督促状)を渡す。「30日以内に家賃を支払うべし」。それでも、彼らは払わない。やむを得ず、本間は次のレターを渡す。「14日以内に家賃を支払わない場合は、警察を呼んで、強制退去を執行する」。 そうすると彼らは部屋に汚物をまき散らし、部屋中の壁に悪態を落書きし、台所を壊し、水道部品を盗み、トイレに紙おむつを詰めて夜逃げする。 本間は彼らのそんなハレンチな行為に辛抱強く耐え、管理人としての責任を果たした。家賃の取り立て、不払い者の追い出し、トイレやキッチンの給排水管の修理、電気系統の修理、屋根の雨漏り修理、ペンキ塗り替え、窓ガラスの入れ替え、アパート内外の掃除、庭の芝刈りや水まき、冬の雪かき等々。さらにはガードマンやルームセールス(入居者募集宣伝)もしなければならなかった。 要するにアパートの管理運営維持のための、ありとあらゆる仕事をしなければならなかったのである。家主に文句を言っても、「あなたは雇用契約書にサインしたでしょ。嫌なら辞めて下さい」と冷たく言われるだけなのだ。 (Vol.26に続く)
Project Logic+山本春樹