15歳の少年が36歳の「ハンナ」としていたベッドに入る前の“習慣”…年の差・身長差がある恋愛小説(レビュー)
「イーッヒッヒ」。長嶋有『今も未来も変わらない』の主人公・星子はそんなふうに笑う。高校生の娘と暮らすシングルマザーの彼女は、40代半ばの小説家。執筆や家事、娘の学校にまつわる用事といったルーティンをこなすだけでなく、ドライブやカラオケなど余暇を楽しむことも忘れない。魔女のような笑いを漏らしたのは、そんな日々に新たな人物が登場したから。映画館で出会った24歳のイケメン大学院生・称(かなう)から誘いが来たのだ。20歳近く年の差のある恋愛が始まる―。
とくると、女性のふるまいのパターンは(1)相手の心を離すまいと陰で努力する(2)いつ別れが来ても構わないと覚悟を決めて付き合う(3)彼のメンター的存在になろうとする、等々ついステレオタイプのものを想像してしまうのだが、星子はどれにも当てはまらない。不安になったり焦れたりしても、おばさんだからと自分を卑下したりはしない。彼女が考える「交際」の定義は新鮮で恰好いい。心を弾ませることも制御することもできる「大人の健やかさ」が素敵な小説だ。
年齢差のある恋愛を描いた作品といえば、雰囲気はまったく違うがベルンハルト・シュリンクの『朗読者』(松永美穂訳、新潮文庫)も思い浮かぶ。15歳の少年が36歳の女性ハンナと体から始まる恋に落ちる。2人の「習慣」は、ベッドに入る前の朗読。少年がハンナに本を読んで聞かせるのだ。甘く密やかな関係は、ハンナが突然姿を消したことで断ち切られる。数年後に思いもかけない場所で2人が再会するところから、物語は大きなうねりを見せ始める。
山田太一『君を見上げて』(新潮文庫)が描くのは、身長差のある恋愛だ。163センチの章二と182センチの瑛子は互いに惹かれ合う。デートのたびに「なぜ相手を好きか」を言葉を尽くして説明するのだが、どちらも「なぜ相手が自分を好きなのか」を、理解はできても納得できない。自分の内側にある「世間の目」という壁を2人は乗り越えられるのか。名脚本家による隠れた名作を是非。 [レビュアー]北村浩子(フリーアナウンサー・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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