ネットミーム専門家が振り返る“2023年の流行とその傾向” 「オタクをいじる側のミームが増えた」
「チャリできた」「だが断る」「帝京平成大学」など、振り返ればさまざまなパワーワードが生まれてきた“ネットミーム”の世界。今年2023年は、どんなミームが生まれたのだろうか? 毎年年末になると「流行語大賞」や「トレンド大賞」などが発表されるが、今回はもう少しコアなネット上のトレンドワードについて紹介していきたい。 【写真】大久保八億の撮り下ろしカット リアルサウンドテックでは、ネットミーム専門家としても活動しているタレント・大久保八億氏にインタビューを実施。今年1年で生まれたミームについて紹介してもらった。そして、ネットミームとはそもそもどこから生まれてくるのか、なぜここまでの爆発力を秘めているのかについて、その背景と変遷についても語ってもらった。 ・大久保氏が注目した「2023年注目のネットミーム」 ーー大久保さんは今年一年を振り返って、どのようなネットミームが印象に残っていますか? 大久保:有名なところからいくと、まずは「ちょんまげ小僧」ですね。YouTuberのヒカキンさんに憧れた子たちを“ヒカキンキッズ”と表現していましたが、その流れを真正面から受けた存在が現れて、個人的にすごく感動しました。「ちょんまげ小僧」はメンバーが中学生で、生まれたときからスマホがある世代だと思うのですが、ついにその世代から才能のある子たちが現れたのが衝撃でしたね。 また、中学生ながら高いコンプライアンス意識を持っているからこそ、バズったあともその存在が世間にしっかりと定着したのではないかと思います。メンバーのなかに「右足」という名前の方がいるのですが、最初は「片足」という名前にしていたそうなんです。でも差別的な言葉になってしまうことを配慮して「右足」に改名したという経緯があります。自分が中学生だったころ、そんな配慮できてたかな? と思ってしまうくらい、ネットリテラシーが高いことに驚いていますね。 ヒカキンさんがネットで活動するうえで、そのあたりの配慮をずっとし続けてきたからこそ「ちょんまげ小僧」のような存在が誕生したのかなと考えています。一度バズったものって、その後世間で危ない使われ方をされてしまうケースがあるのですが、「ちょんまげ小僧」はいまのところその隙をいっさい与えていないので、そこがすごいなと思っています。 あとは、「サカバンバスピス」も今年話題になったミームとして紹介したいですね。 ーーサカバンバスピスとは、なんでしょうか? 大久保:サカバンバスピスという名前の古代魚なのですが、バズった要因は“見た目”ですね。魚なんですけど、なんともいえないチープさがあるというか、ゆるい表情をしています。「なんちゅう顔をしてるんだ」と思わず突っ込みたくなるおもしろさから火がついたのではないでしょうか。バズるべくしてバズったビジュアルですよね。 ーーいったいどこから発信されたミームなのでしょうか? 大久保:これは海外発信のミームです。サカバンバスピスの模型がフィンランドのヘルシンキ自然史博物館に展示されているんですけど、模型はキャット・タークさんという研究者の方が製作したそうです。 以前、一般の方によって修復されたキリスト像の絵画なんかも話題になっていましたが、“一般の人が生み出した民芸品的なもの”ってバズりやすいんですよね。サカバンバスピスはまさにその典型的な例と言えるでしょう。絶妙なチープさが、ネットでウケているんだと思います。 ーーなるほど。海外で話題になって、そのまま国内にバズが輸入されたということですよね。 大久保:そうですね。海外でバズっているものを和訳して日本に紹介する人というのが、Twitterのユーザーのなかにけっこういるんですよ。最近ではTikTokやYouTubeショートも広まりネットが多様化してきたので、海外のトレンドとの垣根みたいなものは年々低くなっているように感じます。 ーーちなみに現在進行形で大久保さんが注目しているミームになり得る可能性を秘めているコンテンツはありますか? 大久保:いまは、料理系YouTuberの「バシャウマ」さんに注目しています。動画では料理している手元が写っているんですけど、料理をつくっているあいだずっとひとり喋りをしているんですよ。声質や話し方、ワードセンスも完璧ですね。バズるために生まれてきた男だと思います。 ーーものすごい期待値ですね。「バシャウマ」さんのチャンネルは2022年時点では登録者数が10万人近くとなっていましたが、2023年12月16日時点で14.7万人と、現在かなり伸びているようです。 大久保:僕はかなり注目しています! ・「ミームには必ず、嘲笑の“嘲”の部分があると思うんです」 ーー今年1年のミームを振り返ってもらいましたが、昔に比べて最近のネットミームに変化はありますか? 大久保:いまでこそ小学生からスマホを持つのが当たり前のような時代になっていますが、昔はインターネットって、意識的にアクセスしないと知ることができない世界だったと思うんです。いまよりも限られた人しかいないオタクの世界というか。それが、いまは全員がアクセスできるようになったので、むしろ“オタクをいじる側のミーム”が増えたような気もしますね。 ーー具体的にはどういったミームが例になるでしょうか? 大久保:2019年に放送されたテレビ番組でメイド喫茶が取り上げられたことがあるんですけど、そのときのワンシーンでメイド喫茶にきたオタクが「ありえない確率、ヤムチャが天下一武道会で一回戦を突破したときくらいありえないよ」とめちゃくちゃ早口で話すシーンがミームになったことがあるんです。 一部のネットの潮流は、まだまだオタクの人たちの勢力が強いと思うんですけど、だんだんオタクではない人が生んだネットミームも増えてきたなと感じています。ネットミームには、なんとなく“陽キャ寄りのミーム”と“陰キャ寄りのミーム”があると思っているんですけど、その比率がどんどん現実世界に近くなってきている気がしますね。陽キャと陰キャの境目は明確にあるわけではないので、あくまで僕の体感ですが。 ーーネット人口が増えることによって、だんだんバズるミームの性質も変わっているということでしょうか。 大久保:そうですね。いまは、陰と陽のちょうどあいだに位置している言葉がよくバズっていると思います。そもそもネットミームの元ネタを発掘する人って、メジャーどころではなく「マイナーをいきたい」という、ちょっと斜に構えたユーザーが多いと思うんです。そういう人が見つけてきたネタが爆発的に拡散されるパターンをよく見ますね。 そして、見つけてきたもののインパクトが強く、キャッチーであればあるほどバズるんです。マイナーである“陰”と、キャッチーである“陽”の中間地点にあるものを発掘する感覚ですね。キャッチーな方が、みんなも1発で使い方がわかるので。 ーー“使い方”というのは、どういうことでしょうか? 大久保:ネットミームって、スレッドとかリプライに使われることが多いんです。1枚画像をポンっと投げるだけで意味が伝わるので、文字を打つよりもコミュニケーションをとるのに使いやすいんですよ。LINEでいうスタンプみたいな感じです。だからパッと見で状況がわかりやすく、自分の言葉にしやすいものがネットミームになりやすいのかなと思います。 街頭インタビューとかニュース映像は、よりミームになりやすいですよね。街頭インタビューは質問に対する回答をしている映像なので、そもそも汎用性が高いんです。インタビューとかニュースって、画像が1枚あってその下にテロップがついているじゃないですか。あのテロップが、かなりバズる要因になっている気がします。わかりやすさと使いやすさがあるものが、ミームになりやすいのではないでしょうか。 ーーミームになりやすいものの傾向が少しわかってきたように感じます。わかりやすさとキャッチーさが鍵になっていたんですね。 大久保:そうですね。ただ個人的には、そこになにかしらの“悪意”はあってほしいなと思うんです。 ーーどういうことでしょうか? 大久保:たとえば「キャンピングカーが横転する」という有名なネットミームがあるんですけど、これはオタク4人がキャンピングカーに乗っていて、強風により横転するという動画なんです。まず、この狭い場所にオタク4人がいるという画がおもしろいじゃないですか。 あとは「てんどんまんソロ」というネットミームがあるんですけど、これは誰もいないところでてんどんまんがひとりで踊っているという動画です。踊っている場所は何かしらのイベントのステージだと思うんですが、観客はひとりも写っていなくて、歓声もなく、無機質なコンクリートの上でただパフォーマンスをしているんです。 ミームを楽しむ側は、動画を見てちょっと鼻で笑ってるくらいの感覚で見ていると思うんです。ミームはおもしろいがゆえに拡散されるんですけど、そのなかに嘲笑の“嘲”の部分や、冷笑の“冷”の部分が1個乗っていると思うんですよね。それがミームの独特な笑いを生み出しているんじゃないでしょうか。でもそういう部分って笑いの根源的なものだったりするので、それが悪いということではないんです。 ・「良いサムネとタイトル」の誕生秘話 ーーミームが生まれる背景について語っていただきましたが、大久保さんは以前「良いサムネとタイトル」というXアカウントを運営しており、当時は自らミームを見つける発掘者的な活動をしていたんですよね? 大久保:そうですね。もともとXの一部界隈には、YouTubeのサムネイルとタイトルの組み合わせが面白いものをポストするという文化があったんです。僕もそういうのを探すのが好きで、よくYouTubeでランダムな言葉を検索して、面白いと思ったサムネイルをポストしたりしていました。 アカウントをはじめたころの、いまみたいにYouTuberという職業での稼ぎ方が形式化されていない時代に投稿している人は収益を意識するというよりかは、「自分が動画を投稿したいから上げてる」というスタンスの人が多くて。サムネイルと動画のつくりかたもよくわからないから、自分の持っているセンスのなかで1番いいと思ったものを投稿していました。 その結果、絶妙なチープさがあるサムネイルとタイトルになっていて、それがすごく好きでいいなと思っていたんです。まさしく、先ほど紹介した「サカバンバスピス」のような、一般の人が生み出した民芸品のようなものですよね。そういうラインにあるサムネイルとタイトルの取り合わせを選んで投稿していたんです。もうアカウントは別の人に譲ってしまったので、運営はしていないのですが。 ーー「良いサムネとタイトル」は、当時のYouTubeだからこそ生まれた産物ですね。 大久保:ネットミームって、けっこう奇跡的な偶然性によって生まれたものが多いんです。たとえば先ほど紹介した「てんどんまんソロ」も、あの場所でてんどんまんが踊っていたからこそここまで話題になったと思います。あれがアンパンマンで、歓声も入っている動画だったらミームにはなっていなかったんじゃないでしょうか。 ・ネットミームは人とつながるための救済アイテム ーーネットミームの世界について語っていただきましたが、改めて大久保さんはネットミームのどこに魅力を感じているのでしょうか? 大久保:ネットミームの良さって、ひとりぼっちになる人が少ないことだと思うんです。人とコミュニケーションをとるときに助けてくれるアイテムというか、会話で盛り上がるのが苦手な人にとっての救済のような存在じゃないかと思います。 僕自身、ミームに詳しくなったきっかけはコミュニケーションを取るためでした。高校時代にクイズ研究会に所属していたんですけど、僕がいたクイズ研究部の人たちって、知識欲求があってめっちゃオタクというか、ナード気質なとこあったんです。そういう人たちとコミュニケーションを取るために、2ちゃんねるから生まれた「なんJ語」を履修しておこうとしていたときもあって。 お互いに知っているミームがあると、打ち解けやすいじゃないですか。それにそもそもミームって、誰にでも模倣ができるから拡散されていると思うので、とっつきやすいんです。そういったところが、ミームの良さなんじゃないですかね。
はるまきもえ