世代別では圧巻も…。A代表で影が薄かった日本人(7)リオ五輪で爆発も…。Jリーグでは厳しい結果に
世代別のサッカー日本代表で活躍したのち、A代表でも中心選手に成長する選手は多くいる。一方で、世代別代表で存在感を放ちながらも、A代表にうまく定着できなかった選手も枚挙に暇がない。今回は、五輪代表として期待を集めながらも、その後苦しんだ選手をピックアップして紹介する。(データは『transfermarkt』を参照)
MF:矢島慎也(やじま・しんや) 生年月日:1994年1月18日 五輪での成績:3試合1得点0アシスト(リオデジャネイロ五輪) A代表通算成績:出場なし 浦和レッズの下部組織で育った矢島慎也は、17歳だった2011年に2種登録選手として天皇杯でトップチームデビューを飾り、翌2012年にトップチームに正式に昇格し、18歳でJ1リーグデビューした期待の若手だった。その後、ファジアーノ岡山への期限付き移籍で経験を積んだ。 矢島は2016年1月に開催されたAFC U-23選手権で活躍。U-23韓国代表と対戦した決勝では、2点ビハインドの状況から浅野拓磨のゴールを絶妙なスルーパスでアシストして反撃の狼煙をあげると、自らが同点弾を記録した。その後、U-23日本代表は逆転に成功し、矢島は優勝に大きく貢献した。そして、リオデジャネイロ五輪直前に行われたU-23南アフリカ代表とのテストマッチでは、背番号10を付けてプレーし、得点も決めている。 リオ五輪では、グループリーグ第3戦のU-23スウェーデン代表戦で大島僚太のクロスに飛び込んで得点を挙げ、チームも勝利している。ただ、U-23日本代表は決勝トーナメントに進めなかった。 この世代の中心選手の一人だった矢島は、クラブでの成長に苦しんだ印象を受ける。ファジアーノ岡山では見事な存在感を放ったが、浦和に復帰すると分厚い選手層に阻まれて定位置確保に苦しみ、2018年にガンバ大阪へ完全移籍した。その後はコンスタントな出場機会を得ているものの、若手時代のような圧倒的な存在感は放ておらず、A代表に招集するほどの輝きはなかった。
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