センバツ高校野球 別海、刻んだ一歩 守りに悔い、意地の反撃 /北海道
第96回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)第3日の20日、21世紀枠で初出場の別海は1回戦で創志学園(岡山)と対戦し、0―7で完封負けした。持ち味の堅守を発揮しきれず、悔しさが残る初舞台となったが、点差が離れる中でも選手は前を向き、九回に好機を作るなど意地を見せた。スタンドには約1300キロ離れた別海町から大応援団が駆けつけ、史上最東端からの甲子園出場校として新たな歴史を刻んだ選手16人に大きな拍手と歓声が送られた。【後藤佳怜、鴨田玲奈】 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち 緑のメガホンと帽子で彩られた別海の三塁側アルプス席。そこには創部46年目で初めて聖地にたどり着いた選手たちに声援を送ろうと、多くのOBも駆けつけた。 今月、同校を卒業した前主将の千田晃世さん(18)は、電光掲示板に大きく表示された「別海」の文字を見るだけで感動がこみ上げた。数カ月前まで一緒にプレーした仲間が、甲子園に立っている。「うらやましくて、うれしくて、誇らしい」 滑り出しは上々だった。一回2死一、二塁のピンチはエース・堺暖貴(3年)が落ち着いて対応。体をひねる変則的な右サイドスローで、後続を打ち取って切り抜ける。 「球速もマックスに近い133キロまで出て、いつも以上の投球ができている」。そう分析したのは前エースの松田陽輝さん(18)。 卒業生4人は2月以降、練習をサポートするために合宿に同行し、後輩たちを間近で見てきた。それだけに、三回まで打線が沈黙しても、千田さんは「これから2巡目で、緊張も解けてきたから心配ない」と動じない。 言葉通り、すぐに見せ場はやってきた。四回1死、影山航大(3年)が内角直球を振り抜き、三遊間を破る。チームの歴史的な甲子園初安打に、声援は一層熱を帯びた。 だが中盤、守備がほころび始める。計5失策を記録し7失点。それでも鳴りやまないメガホンの音に鼓舞されるように、選手たちも意地を見せた。 金沢悠庵(同)が、九回を3者凡退に抑えるとその裏、主将の4番・中道航太郎(同)が右前打で出塁。鎌田侑寿紀(2年)も右前打で続いて2死一、二塁の好機を作った。反撃はここまでで得点は奪えなかったが、別海ナインの最後まで諦めない姿に、スタンドも笑顔があふれた。 1998年卒のOBで、別海町で酪農業を営む山賀秀一さん(44)は「エラーが重なりながらも、大舞台で落ち着いてプレーできていた。後輩の頑張る姿に元気をもらった」と称賛。島影隆啓監督が就任した2016年に主将を務めた大坂大和さん(24)は「後輩たちは別海町を盛り上げてくれた。監督の努力が報われたこともうれしい。忘れられない試合になった」と拍手を送った。 ◇隣町も助っ人応援 ○…野球部の雄姿を見届けるべく、アルプス席には別海町の人口(約1万4000人)の1割を超える約1600人の応援団が駆けつけた。ブラスバンドは吹奏楽部員12人に隣町の標茶高吹奏楽局員や地元住民も助っ人として加わり、計39人で演奏を披露。標茶の阿部碧葉局長(17)は「隣町の高校が甲子園に出場したことはずっと自慢になる」。別海の鈴木ささら部長(17)は「甲子園で演奏できるなんて夢みたい。元気いっぱいの応援を届けたい」と笑顔を見せた。 ◇地元から「がんばれ」 400人が大声援、横断幕も 「元気をくれた」「よくがんばった」--。別海の地元、別海町の町生涯学習センターで開かれたパブリックビューイングには約400人が集まり、選手らの健闘をたたえた。 会場を訪れた人たちは、チャンスや好プレーのたびに「頑張れ!別海」と書かれた白いバルーンスティックをたたいて応援。浦山吉人副町長は「甲子園のアルプススタンドより盛り上がっているのではないか」と語った。「別海高等学校野球部甲子園出場後援会」の安部政博会長は「彼らは幸せ者。練習の成果を発揮して良い試合を」と見守った。 会場では、認定こども園「別海くるみ幼稚園」の関係者も、園児や職員が描いた横断幕を掲げて応援。寺沢佑翔(3年)、千田凉太(同)の両選手が卒園生で、職員の秋田香織さんは「甲子園に立てただけで感動です。彼らは子供たちの憧れの存在。どんなことにも立ち向かう勇気を与えてくれた」と健闘をたたえた。 上風連野球少年団の木下騰雅さん(10)は「負けてしまったが、素晴らしい試合だった。僕も甲子園に行ってみたい」と目を輝かせていた。【本間浩昭】 ……………………………………………………………………………………………………… ■ズーム ◇自分らしく、テンポ良く 別海 堺暖貴(はるき)投手(3年) 大舞台にも動じない心の強さを見せた。味方の失策が重なり7失点を喫したが、八回途中まで107球を投げて自責点は3。「自分らしい投球ができた」。初めて立った甲子園のマウンドで、エースらしく堂々と腕を振った。 130キロ前後の直球にスライダーなどで緩急をつけ、打者のタイミングをずらした。三回まで毎回得点圏に走者を背負ったが無失点。「まずはアウト一つを」。表情を変えることなく役目に徹した。 大会前に智弁学園(奈良)など強豪との練習試合を経験し「少しでも甘さがあると打たれる」と痛感した。全国級の打者と、どう戦うか。意識したのは「全力で投げない」こと。「自分のスタイルでは、全球力を入れると緩急がつかず通用しない」と気づき、脱力しながらテンポ良く投げることを心がけた。 中学までは一塁手で、他校のエースに比べ経験も浅い。だが「いつも通り投げるだけ」と臆することはなかった。「強豪校への配球のコツを学べた。春の経験を糧に、もっと強くなりたい」。憧れの舞台での敗戦は、さらなる成長への第一歩となる。【後藤佳怜】