我が子を抱いてピッチへ「ごめん! 仕事なんだ!」元なでしこがママのスイッチを切った“職場復帰”ウラ側「ギャン泣きを聞きながら…」
スタメンを勝ち取るのは産後の大きな目標だった
息子と一緒に選手入場するということは、先発メンバーで試合に出るということ。それは、ただ現場復帰するだけでなく、チーム内競争でスタメンを勝ち取って初めて叶うことで、そう簡単ではない。だから、産後の私にとって、それは大きな目標の一つだった。 試合の前日、監督からスタートのメンバーであることを伝えられた。 それを聞いたときはうれしさと、責任感とで、なんとも言えない感情になった。ついに、スタメンとしてピッチに立つ。そして──夢見ていた息子との選手入場が実現する。 試合当日には、会場にWEリーグでは初めて、選手のための託児所が開設された。ベレーザのスポンサーに保育施設を運営している企業があり、そこが全面協力してくれたおかげで、ロッカールームの隣にはおもちゃが置かれ、マットが敷かれたかわいらしい部屋が出現していた。 時間になると、大きなかけ声とともにロッカールームから選手たちが入場ゲートへと向かった。私もユニフォームをまとい、選手の整列の最後尾につくと、竹中さんから連れてこられた息子を引き取り、抱きかかえた。
我が子を抱っこしての入場…涙は出なかった
その日は快晴だった。 入場のアンセムが鳴ると、前の選手たちに続いて、私は青空と歓声のなかへ、息子とともに大きく足を踏み出した。見えた景色が眩しすぎて、さすがに込みあげるものがあった。 「あぁ、本当に抱っこして、一緒に入場できるんだ!」 なにがなんだかわからない息子は、私の腕のなかでキョロキョロしている。その様子を見て、「想像していたよりだいぶ大きくなっちゃったな」と思わず笑ってしまった。 ただ、自分でも驚いたのは、念願だった抱っこしての入場に、私は感極まって泣いてしまうだろうな、と思っていたのだけれど、まったく涙が出なかったことだ。 やはりスタメンとしてピッチに立つという、選手としての責任感のほうが自分のなかでは大きいのだと実感した。
「ごめん!仕事なんだ!」ママのスイッチを…
集合写真を撮り終え、息子を竹中さんに引き渡す。すると、ママから離れたくない息子が途端に大声を上げて泣き出した。 もちろん後ろ髪を引かれる思いだったが、そこは試合に集中するために、竹中さんには「なるべく早く部屋に入れてください」と耳打ちし、遠ざかる息子のギャン泣きを聞きながら「聖悟、ごめん! 仕事なんだ!」と自分の心に言い聞かせ、ママのスイッチを完全に切った。 試合は、4-0で快勝だった。 自分の子どもと試合会場に行き、ギリギリまで一緒にいて、そのまま試合に出る。自分のサッカー人生でこんな世界があるなんて、まったく想像していなかった。そしてこれが、この先の日本女子サッカー界の標準となったらどんなにいいだろう、と思うのだった。 <各回からつづく>
(「なでしこジャパンPRESS」岩清水梓 = 文)
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