【解説】 国際刑事裁判所の逮捕状、イスラエルの地位に大打撃
フランク・ガードナー、BBC安全保障担当編集委員 国際刑事裁判所(ICC)は21日、パレスチナ・ガザ地区での戦闘をめぐり戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで、3人に逮捕状を出した。対象は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、ヨアヴ・ガラント前国防相、イスラム組織ハマス軍事部門カッサム旅団のモハメド・デイフ司令官だ。 これについてイスラエルでは、政治的立場を問わず、主立った立場の人が一様に激怒している。 対照的に、ハマス、パレスチナ聖戦機構、そしてガザの一般市民は、ICCの決定を歓迎している。 ICCは、ガザ地区で続く戦争において戦争犯罪や人道に対する罪が行われたとされており、ネタニヤフ首相とガラント前国防相とデイフ司令官の3人がそれについて「刑事責任」を負うものと考える「合理的根拠」があると説明した。 ICCの決定を受けて、イスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領は、「正義と人類にとって暗い日」だとして、ICCは「民主主義と自由ではなく、テロと悪の側に立つことを選んだ」のだと非難した。 イスラエル首相府は、「反ユダヤ的な決定」だとして、「虚偽でばかげた容疑」をイスラエルは「全面的に拒絶する」と反発。ICCは「偏見にまみれた差別的な政治組織」だと批判した。 イスラエル議会の外交・防衛委員会のユリ・エーデルシュタイン委員長は逮捕状発行について、「イスラム主義者の利益に縛られた政治団体による、恥ずべき決定」だと述べた。イスラエルのギドン・サール外相は、ICCはその正当性を失ったと指摘した。 対するハマスは、デイフ司令官への逮捕状が出されたことにはコメントせず、ICCの決定を歓迎している。 同組織は声明で、「シオニストの戦争犯罪人であるネタニヤフとガラントに裁きを受けさせるため、裁判所(ICC)に協力し、ガザ地区の無防備な民間人のジェノサイド(大量虐殺)という犯罪を阻止するために直ちに取り組むよう、世界中のすべての国に求める」とした。 ■ガザとイスラエルの市民は ガザの民間人も今回の発表を歓迎している。ガザ市から逃れ、現在は中部デイル・アル・バラフの中心地で暮らすムハンマド・アリさん(40)は次のように語った。 「私たちは危険にさらされ、飢えさせられ、家を破壊された。子供たち、息子や愛する人たちを失った。私たちは今回の決定を歓迎しているし、もちろん、ICCの決定が履行されることを願っている」 先月、イスラエル軍にきょうだいを殺害されたというムニラ・アル・シャミさんは、ICCの決定は「きょうだいのワファを含む何万人もの犠牲者にとっての正義」だと述べた。 一方でイスラエル国内では、逮捕状発行はイスラエルの自衛権に反するものだとする市民もいる。 「どういうわけか自分は驚いていない」とロン・アッカーマンさんは述べた。ICCは「ひたすら反ユダヤ的で、イスラエルだけに目を向けていて、イスラエルの周りで何が起きているのかを見ようとしない」のだとした。 エルサレム在住のヘレン・カリヴさんは逮捕状のことを「初めて聞いた時、『なんてこと。イスラエル国家の首相とその(元)補佐官を逮捕するなんて、一体どこからそんな考えが出てくるのか』と声を上げてしまった。(中略)私たちは生き延びるために戦っているのに」と述べた。 ■逮捕状の効果は ICCにはイギリスを含む124カ国が加盟しているが、アメリカやロシア、中国、そしてイスラエルは加盟していない。 つまり理屈上は、ネタニヤフ氏やガラント氏がいずれかのICC加盟国の領内に入った時点で、その加盟国は首相らを逮捕し、ICCに身柄を引き渡されなくてはならない。 しかし、国際法に詳しい弁護士たちは、2人が実際にICCがあるオランダ・ハーグに移送されて裁判にかけられる可能性を疑問視している。 ネタニヤフ氏が最も最近国外に出たのは7月のアメリカ訪問だ。同氏は理論上、ICC非加盟国のアメリカには今もリスクを負うことなく入国できる。 昨年にはイギリスなど複数の国を訪問しているが、その多くはICCに加盟している。 ネタニヤフ氏が逮捕されるリスクを冒してでも、これらの国を再訪問するとは考えにくい。それに加盟国側も、自分たちが首相を拘束しなくてはならない立ち場に置かれるのを望まないだろう。 ハマスはというと、デイフ司令官に逮捕状が出されたことにほとんど恐怖を感じていない。イスラエルはデイフ氏が今年7月のガザ空爆で死亡したとしているが、ハマスはそれを認めてはいない。 ICCは5月にハマスの政治指導者だったイスマイル・ハニヤ氏とヤヒヤ・シンワル氏の逮捕状も請求していたが、ハニヤ氏は7月に、シンワル氏は10月に死亡が確認された。 この逮捕状発行が、イスラエルの国際的地位にとって、またネタニヤフ氏とガラント氏にとって大打撃となることは間違いない。ガザでの軍事作戦は善と悪の勢力同士の戦いなのだと、一貫して主張してきたイスラエルにとって、とりわけ大きな打撃となる。 ICCの今回の決定に、イスラエル国民はがく然としている。ハマスによる昨年10月7日の残虐行為を世界がすでに忘れている、あるいは見て見ぬふりをしているように、イスラエルの人たちに思えるからだ。 一方でパレスチナ人、とりわけガザ市民は、イスラエルの戦争犯罪に対する自分たちの非難の声が国際機関によってある程度の重みをもって反映され、報われたと感じている。 (英語記事 Gardner: ICC warrants 'major blow to Israel's standing')
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