なぜDAZNは当時、次なる市場に日本を選んだのか? 当事者が語るJリーグの「DAZN元年」
新たな視聴体験が浸透するまでには一定以上の期間が必要になる
「実は『タブレットやスマートフォンではなく、スカパー!の時のようにTVで視たい』という声が、開幕前には非常に多かったんですね」 そう語るのは、当時のJリーグチェアマン、村井満である。 「ですから、OTTによる視聴体験が浸透するまでには、一定以上の期間が必要になるだろうと考えながら開幕の準備をしていました。その一方で『DAZNが日本のサッカーファンをリードしてくれるのか』、さらには『日本のサッカーファンの共感が得られるのか』――そちらのほうに、むしろ注目していました」 このように、2017年シーズンの開幕を迎えるにあたり、Jリーグ側は「OTTによる新しい視聴体験」の拡大と「DAZNが導くサッカー文化」の浸透を目指していた。だが、一般のファン・サポーターは「スカパー!からDAZNへの移行」を不安視していた。そうした意識の乖離がある中、起こってはいけない事故が起こってしまう。 2017年シーズンは、J1が2月25日、J2が26 日、そしてJ3が3月11日に、それぞれ開幕することになっていた。視聴環境の変化に不安を抱くJリーグファンであったが、J3を含めた全試合がDAZNでライブ中継されることについては、好意的に受け止めていた。なぜならスカパー!時代、J1とJ2は全試合が放送されていたが、J3は重要な試合を年間10試合ほどチョイスして、あとはハイライトで紹介されるのみだったからだ。 DAZNとの交渉にあたり、著作権と同じくらいJリーグが重要視していたのが、全試合のライブ中継を視聴者に届けることであった。2016年にDAZNとの交渉に当たった中心人物のひとりである小西孝生は語る。 「なぜなら、それが普及と視聴習慣につながるからです。J3に降格して試合が視られないとなると、サポーターにとっては死活問題ですし、露出が減ることでクラブもスポンサー営業がやりにくくなります。J3の中継も届けるためには、膨大な制作費がかかるわけで、その意味でもDAZNマネーは必須でした」 迎えた2017シーズン。「DAZN元年」は、スタート早々に配信トラブルが複数発生。スカパー!から仕方なくDAZNに切り替えた層から不満の声が噴出することになる。それでも迅速に行われた謝罪会見を経て、DAZNとJリーグ、ファン・サポーターとの絆は少しずつ深まり、10年スパンで伴走していく関係となってゆく。 (本記事は集英社インターナショナル刊の書籍『異端のチェアマン』より一部転載) <了>