なぜDAZNは当時、次なる市場に日本を選んだのか? 当事者が語るJリーグの「DAZN元年」
いきなり試練に立たされることとなったJリーグとDAZN
2017年は、Jリーグの「DAZN元年」である。配信そのものは、宮崎、鹿児島、沖縄の3県で開催されたプレシーズンマッチ「JリーグDAZNニューイヤーカップ」(1月22日~2月11日)全15試合からライブ中継されている。しかし、日本での実質的なサービス開始は、レギュラーシーズンが開幕する2月25日であった。 J1リーグでは、3年ぶりに「1シーズン制」となり、優勝賞金が3倍の3億円、均等配分金が3億5000万円と増額(前年までは、それぞれ1億円と1億8000万円)。さらに、この年から導入される理念強化配分金により、優勝クラブには2018年からの3年間で合計15億5000万円が入ることも話題になった。 ちなみに2017年のJリーグの経常収益を見ると、273億3100万円。前年の2016年が135億6000万円だから、実に前年比201.6%である。これは言うまでもなく、DAZNマネーがもたらした恩恵。「異端のチェアマン」就任のきっかけとなった、2013年のJリーグの経営危機は、わずか4年で過去のものとなりつつあった。 こうした景気の良い話の一方で、肝心のOTTによる配信については未知数。J1で306試合、J2で462試合、J3で272試合。合計1040試合をすべて無事故で配信することができるのだろうか? 漠然とした危惧は、開幕早々に現実のものとなる。 2月26日に行われた、J1のガンバ大阪対ヴァンフォーレ甲府。そしてJ2の愛媛FC対ツエーゲン金沢。前者は最初から最後まで、後者は試合途中から視聴できない状況となり、JリーグとDAZNはいきなり試練に立たされることとなった。
CS放送からネット配信へ。不安を覚える視聴者層
日本のサッカーファンにとっての2017年は、まさに「黒船来航」の緊張感と共に迎えるシーズンとなった。 スカパー!からDAZNに変わっても、快適な視聴環境は維持されるのだろうか? 実際、OTTによる視聴に不安を覚えるファン・サポーターは少なくなかった。漫画家の大武ユキも、そのひとりだった。2009年より『ビッグコミックスペリオール』にて『フットボールネーション』を連載している彼女は、自他共に認めるサッカーマニア。スタジアムで観戦するだけでなく、国内外の中継映像も時間が許す限り、貪欲に摂取し続けていた。そんな大武は、DAZNをどう見ていたのだろうか。 「とりあえず、ネットだけになるのは困るなと思いましたね。それと録画ができないので、仕事の資料として使えなくなってしまうのも痛いし、大きい画面で視るには面倒な手続きが必要になりますよね」 シーズン開幕前に取材した際、大武はこのようなコメントを残している。一方で彼女は、OTTによる視聴方法が、広く受け入れられるかについても懸念していた。 「中高年のサッカーファンは、DAZNを視聴するまでが大変だと思いますよ。地方のJクラブだと、お年寄りのファンも多いじゃないですか。今までだったら、リモコンのスイッチひとつでスカパー!が見られたのに、これからはそうではなくなりますよね。スマホを持っていないお年寄りもいますから、ITリテラシー以前の問題だと思いますよ」 スカパー!からDAZNへ。CS放送からネット配信へ。そしてTVのみの視聴から、スマートフォンやタブレットでの視聴へ――。 現在ではすっかり定着した感のあるOTT。しかし2017年当時、この急激な変化をすんなり受容していたサッカーファンは、およそ多数派とは言い難い状況だった。かくいう私もそのひとり。自宅のTVで視聴するべく、ファイヤーTVスティックを購入したものの、セッティングが非常に億劫に感じられ、開幕直前まで放置していた。こういう時、つくづく自分が老境に差し掛かったことを実感する。 「Jリーグ スタジアム観戦者調査2017 サマリーレポート」によれば、この年のJ1・J2・J3における入場者の平均年齢は41.7歳であった。1993年の開幕時、爆発的なブームに熱狂した当時の若者たちは、そのまま40代から50代に突入。客層の新陳代謝は順調とは程遠く、多少の新規ファンの流入はあったとしても、平均年齢41.7歳という調査結果は十分に納得できるものであった。 そんな彼らにしてみれば、それまで馴染んでいたスカパー!からDAZNに切り替わることに、何とも言えぬ不安を覚えるのも詮無き話であった。