連星系「VFTS 243」のブラックホールが超新星爆発なしで誕生した仮説を裏付け
■VFTS 243のブラックホールは完全崩壊で生じた
Vigna-Gómez氏らの研究チームは、VFTS 243のブラックホールが本当に完全崩壊によって誕生したのかを確かめるために、シミュレーションを実行しました。研究チームは爆発が起こる前の連星系の公転軌道のパラメーター、爆発によって生じるネイタルキックの強さ、エネルギーに変換されて失われる質量について様々な値を仮定し、予想される爆発後の公転軌道と実際の観測値が最も近いシナリオを探索しました。 その結果、超新星爆発が発生せず、ネイタルキックもほとんど生じなかった場合が、VFTS 243の公転軌道を説明できる最も妥当なシナリオである、というシミュレーション結果が得られました。今回の研究ではVFTS 243のブラックホールは最高でも4km/sのネイタルキックしか受けていないと考えられていますが、これは通常のネイタルキックと比べて数桁も低い速度です。 VFTS 243の場合、超新星爆発のエネルギーのほとんど全てが「ニュートリノ」と呼ばれる素粒子の形で逃げ出したと考えられます。もしもニュートリノ以外の物質(陽子や中性子などの “普通の物質”)が関与したとすると、ネイタルキックが大きくなりすぎてしまいます。一方で、 “幽霊粒子” とも呼ばれるニュートリノは他の物質とほとんど相互作用をしない素粒子であるため、極めて小さなネイタルキックを説明できます。
■超新星爆発全般の謎を解く手掛かり
今回の研究は、VFTS 243のブラックホールが超新星爆発を伴わない完全崩壊で生じたことを強く裏付けるものとなった一方で、重い恒星の最期に関する一側面をほんのわずかながら明らかにしたに過ぎません。 超新星爆発で放出されるエネルギーの大半を占めるのは、爆発直前のニュートリノ放出であることが知られています。 “幽霊粒子” であるニュートリノも、爆発直前の恒星中心部のような極端に高密度な環境では頻繁に物質と衝突し、その際に生じた衝撃波が爆発のエネルギーに加わっているのではないかとも考えられています。ただし、これほど極端な環境をシミュレーションするような環境は整っておらず、ニュートリノの発生量や物質との衝突については多くの謎があります。 いずれにしても今回の研究は、VFTS 243のブラックホールが完全崩壊で誕生した可能性が高いこと、太陽の約10倍の質量を持つ恒星は完全崩壊を起こす可能性があることを示した点で、天体物理学の研究における大きな成果と言えるでしょう。さらなる研究で条件面が絞り込まれれば、完全崩壊に限らず、超新星爆発全般の謎を解く手掛かりが得られるかもしれません。 Source Alejandro Vigna-Gómez, et al. “Constraints on Neutrino Natal Kicks from Black-Hole Binary VFTS 243”. (Physical Review Letters) Alejandro Vigna-Gomez, Irene Tamborra & Kristian Bjørn-Hansen. “Totalt stjernekollaps: usædvanligt stjernesystem viser, at stjerner kan dø i stilhed”. (Københavns Universitet)
彩恵りり / sorae編集部