傑作映画『チャレンジャーズ』配信開始 NINトレント・レズナー&アッティカスが「テクノ」を探求した理由とは?
『チャレンジャーズ』における音楽面の探求
今年音楽を担当した『チャレンジャーズ』のルカ・グァダニーノ監督は、2022年の『ボーンズ アンド オール』に続くコラボ。グァダニーノ監督のリクエストを踏まえてアコースティック・ギターをフィーチャーした『ボーンズ アンド オール』の音楽はトレント&アッティカスにとって異色の試みだった。今回『チャレンジャーズ』の音楽をふたりに依頼するに当たって、グァダニーノ監督はメールで“A very sexxxxxxy movie”という風にイメージを伝えてきた、とアッティカスは語っている。監督はさらに、「レイヴコンサートとかハウスミュージックみたいな音楽はどうかな?」と具体的な提案もしてきたそう。以下は映画のプレスリリースから、トレントの発言だ。 「表面的にはテニスの話だけど、本来はテニスではなく、登場人物3人の関係についての映画だ。グァダニーノが持ってくるアイデアはいつも予想外なんだ。彼が求めていたものは、絶えずリズムを刻み続けるようなエレクトロミュージックを基盤にしたものだった。『今までに経験したことのないような勢いがある音楽が欲しい。映画の最初から最後まで乗せて行ってくれるような音楽だよ』と、彼は話してくれた」 三角関係にあるキャラクター……タシ・ダンカン(ゼンデイヤ)、ジョシュ・オコナー(パトリック・ズワイグ)、アート・ドナルドソン(マイク・フェイスト)について、グァダニーノ監督はLittle White Liesのインタビューで、「タシがすべてを動かしていると思っている。(中略)しかし、ある意味、彼女はアートとパトリックによって作られた」と、複雑に絡み合う3人の関係を説明している。「テニスの試合は見ない。私にとっては退屈だ」と告白するグァダニーノ監督は、マーティン・スコセッシが監督した『ハスラー2』(1986年)や、オムニバス映画『ニューヨーク・ストーリー』(1989年)の一編、『ライフ・レッスン』の感情表現を思い返し、アルフレッド・ヒッチコック監督の緊張を生み出す手法についても考えながら製作を進めたそうだ。「感情の流れ、視覚の流れ、カメラの視線、それがストーリーにどのように作用するかに興味があった」という彼は、スコアにもその“流れ”にフィットするムードを求めたのだろう。 監督との打ち合わせ後、トレントは「テクノをツールキットみたいに使おう。テクノを1つの楽器として使い、それを基盤にどのようにストーリーを感動的に届けられるだろう?」と考え、「このテンボで、どうしたら音楽に勢いを感じるのか、どんな音楽ならライバルと競う感覚、そして羨ましいと妬むような感覚を得られるだろうかと思いを巡らせた」と明け透けに語っている。 「私達は実験を始めた。ここからは場面に沿って、ビートをリズミカルな線状に繋げることがとても重要になる。そしてそれは、私達の普段のやり方とは異なるものだった。でも映画に合わせて音楽としてまとめ上げていくうちに、気づいたんだ。彼のアイデアはすごく革新的で大胆だったけれど、グァダニーノの直感はピッタリ当たっていた、と」 2006年から2019年まで13年にわたる3人の愛憎劇が描かれていく本作は、トレントの言葉通り大きく“テクノ”として括れるサウンドで統一されており、従来のインダストリアル色は飾り程度。アシッドハウス、ベルリン産のテクノなど80s以降のあらゆるサウンドを巧みに混ぜ合わせ、ヴィンテージシンセも駆使しながら構築した本作のスコアには、“かつて存在した感じ”がするのに年代を特定できない妙味がある。NINという枠内では見えにくかった、テクノ・ミュージックに対するトレント・レズナーの審美眼が浮き彫りになっているという点でも実に興味深い作品だ。 タイトル曲「Challengers」と「Challengers: Match Point」、「Yeah x10」と「Stopper」、「L’oeuf」と「Final Set」、「The Signal」と「The Points That Matter」、「Brutalizer」と「Brutalizer 2」がそれぞれ同じ主旋律を持つ対になる曲。「Pull Over」では「Brutalizer」の高速ビートを引き継ぎながら途中に「L’oeuf」の不安を煽るメロディが挿入される……という具合に、あたかもDJプレイのような鮮やかさで画面が彩られていく。冷涼なシンセの響きをボールを打つ音が遮る「I Know」は劇伴ならではの遊び心が溢れているし、ディスコビートに歪んだベース音を組み合わせた「Yeah x10」のポップ性も刺激的だ。 また、メロディの美しさが際立つ30秒ちょっとの小曲「Lullaby」や、英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンによる合唱曲『キャロルの祭典』から選ばれた挿入曲「Friday Afternoons, Op. 7: A New Year Carol」のカバーでは、これまでのサントラ仕事からも垣間見えていたクラシカルな側面が窺える。1枚のアルバムとしても起伏を楽しめる構成になっているのがうれしい。 トレントが妻のマリクィーン・マンディグ(トレント、アッティカスと組んだグループ、ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズのシンガーでもある)のバック・ボーカル付きで歌う「Compress / Repress」は、数字や単語が記号的に羅列された歌詞が印象的。しかしよく詞を読んでいくと、この映画全体の総まとめになっていて面白い。この詞を書いたのは誰あろうグァダニーノ監督で、「気に入ったら最後の曲に使ってみて!」とトレント&アッティカスに詞を送ったところ、この曲が出来上がってきたそうだ。 今のところ『チャレンジャーズ』のサウンドトラック・アルバムはダウンロード販売及び配信でしかリリースされていないが、日本ではソニーミュージックからCDが他国に先駆けて秋に発売される予定。リリースに飢えていたNINファンには特に歓迎されるだろう。また、配信のみだが本作のキートラック9曲をボーイズ・ノイズがミックスした『Challengers [MIXED] by Boys Noize』も公開されており、これが絶品。サントラ盤ではやや寸足らずに思えた曲も含めて見事に再構築しており、ぜひ本家と併聴して欲しい。さらに『チャレンジャーズ』の世界に浸りたい人は、デヴィッド・ボウイやブルース・スプリングスティーン、ファイン・ヤング・カニバルズ、ネリーなど、劇中の挿入曲をまとめたオフィシャル・プレイリストが重宝するはずだ。 トレントは先述のGQのインタビューで、映画音楽の仕事を通して「NINを過去数年よりもずっとエキサイティングなものにすることができた」と、モチベーションの回復について語っていた。この後、マイルズ・テラーとアニヤ・テイラー=ジョイが主演する『The Gorge』、そしてダニエル・クレイグが主演するグァダニーノ監督の新作『Queer』(原作はウィリアム・S・バロウズ)の音楽を手がけたことがわかっているトレント&アッティカス。ほぼ日課のように曲作りを続けてきたという日々を経て、インスピレーションが満タンの状態でNINが充実した新作を届けてくれる日もそう遠くなさそうだ。 --- 『チャレンジャーズ』オリジナル・スコア 音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス 日本盤CD:2024年秋リリース予定 『チャレンジャーズ』 2024年6月7日(金)劇場公開 配給:ワーナー・ブラザース映画 監督:ルカ・グァダニーノ
Masatoshi Arano