「ビール×音楽」で紡ぐ亡き妻との夢。心を揺さぶる小さな醸造所の挑戦
■地域のサポートを一身に受け、夢を実現 半年後には、大学時代からの大親友である玉城仁志さんをブルワー(醸造家)に迎え、万全の体制を整えた。沖縄出身の玉城さんとしても、一家で春日井市に移住してのジョインは大勝負であったはずだ。こうした周囲の協力を呼び込んだのは、入谷さんの誠実な人柄の賜物なのだろう。 入谷さんの人徳を示す、印象的なエピソードがもうひとつある。 世はクラフトビールブームの真っ只中とはいえ、新規参入は決して簡単ではない。まして、醸造所の数は10年前の3倍以上という急増ぶりで、激しい競争にさらされている。安定した販路の確保は急務でありながら容易ではないのが実情だ。 それだけに、バタフライブルワリーの製品が早くも春日井市のふるさと納税で返礼品に採用されているのは、特筆すべきことだろう。 「たまたま、市役所の担当部署に小中学校の先輩がいた縁で、声をかけてもらえたんです。ずっと同窓会の幹事をやっていたおかげか、学生時代の仲間や先生が今でも気にかけてくれていて......、本当にありがたいですよね」 こうして地域を上げたサポートを受けられるのも、これまで人のために動き、人との縁を大切にしてきた入谷さんだからこそと言える。 もちろん、醸造所としての挑戦はまだまだ始まったばかり。投資を回収し、事業を軌道に乗せるためにはやらなければならないことが山ほどある。そのために入谷さんは地域のイベントにも積極的に参加し、バタフライブルワリーの認知向上に務めている。 その傍ら、醸造過程で出る麦芽のかすを、近隣の大学の農学部に提供する取り組みなども行っている。本来であれば産業廃棄物としてコストをかけて処理すべき麦芽かすを、農学部のファームで肥料として活用することで、エコロジーな循環を作り出そうという試みだ。 同じく春日井市内のカフェでは、麦芽かすを練り込んだパスタが使われるなど、バタフライブルワリーを起点とする地域内の連携は、着々と進んでいる。SDGsの観点からも、今後のさらなる展開が期待される。 もっとも、「今は目先の返済に追われるばかりで、あまり大層なことは考えられないですよ」と入谷さんは苦笑いするばかり。しかし、その視線はしっかりと前を向いている。 文・写真/友清 哲