世界では「大掃除は春」が多いのはなぜ? 伝統の由来と今も続く納得の事情とは
欧米からペルシャ文化圏やアジアまで広がる習慣、古代のルーツをひもとく
北半球に春が来た。日本では大掃除は年末の風物詩だが、世界では伝統的に春に大掃除をする地域が多く、古代にルーツを持つ習慣となっている。 ギャラリー:春の目黒川も、世界の旅先のカラフルな風景33点 春の大掃除には、活動の停滞する冬が終わり、活気に満ちた春の新たな始まりを迎えるという、象徴的な意味もある。家にたまったゴミを捨てて整理整頓し、住環境をきれいにすると、人は頭がさえて心機一転、物事に取り組めるようになる。 「掃いたり磨いたりすることで、私たちは時代を超えた伝統を守り、過去の世代と同じように新たな始まりと再生を願うのです」と、英ロンドンにある博物館「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」の学芸員ダニエル・パッテン氏は言う。
大掃除の効能
人間の行動は季節のサイクルに大きく左右される。寒い冬に大掃除に費やすだけのエネルギーがないのは怠けているからではない。日が短くなり夜が長くなることで、眠りを誘う「メラトニン」というホルモンの分泌量が増えるからだ。 「メラトニンの分泌量が増えると、周りの空間をリフレッシュさせようという気持ちは少なくなります。しかし春が近づき、体に再びエネルギーが満ちてくると、家をきれいにしようという気持ちになってくるのです」と、作家で心理療法士のエロイーズ・スキナー氏は言う。「自分の周りの環境がきれいになると、新たな始まりを感じ、やる気も生まれてきます」 掃除が健康によいという研究結果もある。これは新世代の「お掃除インフルエンサー」たちが汚れた家を訪ね、掃除のコツを伝授するのを、多くの人がソーシャルメディアで見ていることからも分かる。 「掃除をしているとき、人は目の前の仕事に集中する必要があります。すると人は“今この瞬間”と向き合っていることを意識するようになります。また、掃除のように繰り返しの作業が伴う行動には心を落ち着かせる効果があります」とスキナー氏は言う。
春の大掃除の宗教的・文化的起源
春の大掃除の最古の例のひとつに、ユダヤ教の「過越(すぎこし)の祭り」がある。毎年3月から4月の間に祝われるこの祭りの間、ユダヤ教徒は「ハメツ」(パン種や酵母、それらを含む食品)を食べることを禁止されている。そのため過越の祭りに先立ち、家を大掃除してハメツを取り除く。これはイスラエルの民が束縛からの解放を求めてエジプトを脱出したとき、パンを発酵させる時間がなかったことを忘れないためだ。 キリスト教でも毎年3月から4月の間にキリストの受難を記念する聖金曜日を迎えるが、その前日の聖木曜日には教会の祭壇を清掃するのが習わしだ。 毎年春分の日またはその翌日に祝われるペルシャ暦の元日「ノウルーズ」でも、「ハーネ・タカーニー」(家の汚れを落とすという意味)と呼ばれる大掃除の伝統がある。ノウルーズは世界最古の一神教のひとつであるゾロアスター教に起源があり、およそ3000年の歴史を持つ。その新年の祝いに備え、人々は衣服や毛布などの織物を洗い清める。 中国でも旧正月(春節)を前に大掃除を行うのが習慣だ。これは家から悪運を払い、幸運と繁栄を招き入れるためだとパッテン氏は言う。旧正月は通常1月から2月の間に始まるが、大掃除はその前に行わなければならない。祝祭の後に掃除をすると幸運を逃がしてしまうと考えられているからだ。 一方、タイでは4月に「ソンクラーン」と呼ばれる旧正月を祝うが、それに先立ち人々は自宅や学校、公共施設を大掃除して清める。通りではお互いに水をかけ合い、旧年の悪運を洗い流し、また仏像にも水をかけて新年の幸運を祈る。 大掃除は太古の昔から行われてきたが、電気や家電製品など現代の技術の進歩によって、そのあり方は大きく変わってきた。例えば電気がなかった時代、家の照明や暖房には石炭や油、薪などに頼っていた。こうしたものを燃やすと大量の煤(すす)が出たが、冷たい風が入ってこないよう窓は閉められたままだった。 そのような時代では、春が来ると、窓を開けて空気を入れ替え、汚れを落とし、冬の間に壊れたところを修理するのは現実に即した行動だった。今は掃除機や洗濯機、洗剤などの発明のおかげで、掃除をより効率的で便利にできるようになり、家を以前よりもずっときれいにすることが可能になった。
文=Lola Méndez/訳=三好由美子