日本の男女のあり方、中国の儒教やキリスト教の性道徳とも違う独自の感覚を明らかに―本郷 和人『恋愛の日本史』橋爪 大三郎による書評
日本は性におおらかなのか? 日本史が専門の著者の質問だ。答えはイエス。宮本常一ら民俗学者が各地を巡り埋もれた資料を集めた。著者は昔、資料の「土佐源氏」を読み衝撃を受けた。馬喰(ばくろう)の老人が自分の性遍歴を告白して自慢する内容だ。 日本は父系社会でない。昔は妻問い婚で女性に主導権があった。中国の宮廷のような後宮も宦官もなかった。源氏物語をはじめ王朝文学は、そうした背景で花開いたのだ。 仏教が独身主義を持ち込んだ。稚児を愛でる男色文化が蔓延した。武士も家を離れ共同生活するので、男色はありがちだった。大名は跡継ぎを確保するため、側室を置いた。 江戸時代には儒学が普及し、武家社会は窮屈になった。女性は貞淑を求められた。重苦しいイエ制度だ。庶民はまだしも自由だった。江戸は男性過剰の都市で、遊廓が繁盛。お伊勢参りも息抜きの機会だった。 日本の男女のあり方は、儒教どっぷりの中国と違う。キリスト教の性道徳とも別系統だ。日本人のこの感覚は、海外の人びとには理解されにくい。それを踏まえておくのは大切だ。気軽に読める新書だが、しっかりしたワンテーマの一冊である。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『恋愛の日本史』 著者:本郷 和人 / 出版社:宝島社 / 発売日:2023年07月10日 / ISBN:4299042972 毎日新聞 2023年11月18日掲載
橋爪 大三郎
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