92歳「嫌われた“球界の最長老”」広岡達朗の真実 プロ野球の「洗礼」で目覚めた広岡野球の原点は?
まずは井上弘昭を含め、ピッチャーから野手に転向した西本明和、苑田聡彦など、内野にコンバートされた選手を徹底的に鍛え直した。 「カキーン」「違う!」「カキーン」「ダメ!」「カキーン」「ボケ、なんしょーる!」 ノックバットを片手にダメ出しの連続。広岡の銀ブチ眼鏡の奥のまなざしが井上に突き刺さる。 「そうじゃない」「ダメだ!」。頭ごなしに否定されるものの、広岡は具体的な指示は一切出さない。 「違う、こうだ!」。広岡はノックバットを投げ、グラブを持って井上らがいる位置へ近寄ってくる。
「いいか」とだけ言って、自ら手本を見せる。ノックされた打球を、吸い込まれるようにグラブで捕球する。 あまりに無駄のない華麗な動きに、井上たちは呆気に取られた。もし野球を知らない者がこの光景を見ても、「この中で誰が一番うまいか」と尋ねられれば、誰しもが真っ先に広岡を指しただろう。 手取り足取り教えることもなく、自分で手本を示すだけ。これが広岡のやり方だった。井上がその後やらされたことは、真正面の緩いゴロを転がして捕る練習だった。
「正しく捕る型の基本を身につけさせるには、これしかない」 広岡は口酸っぱくこう言ったが、小学生にでも捕れるような緩いゴロを延々と取らされる所業は肉体よりも精神を蝕む。 日が暮れて宿舎に戻っても、広岡が手でゆっくりと転がすボールを捕らされ続ける。来る日も来る日も同じ練習をさせるが、広岡は一向に「よし!」とは言わない。「ダメだ」と言っても何がダメなのか教えることもない。 難しい打球を捕らせるのではなく、正面の緩いゴロを捕っていく練習をやるだけ。褒められることもなく、毎日血反吐を吐くまで同じ動作を繰り返していると、次第に頭の中が混乱してくる。
「基本って、なんなんだ?」 わからなくなった。基本が大事なことはわかっているけど、そもそも、基本ってなんなんだ? 自問しても答えが見つからない。 ■基本が身につくまでなら、いくらでも付き合う 広岡の熱心さは十二分に伝わるが、根掘り葉掘り教えてくれることもなく、毎日ノックでゆっくりとしたゴロを打つだけ。それを呆れるほど毎日繰り返すのみ。単純な作業を期限なしでやらされることほどしんどいものはない。こんな簡単な練習にどんな意味があるのか……。