若生智男さんが87歳で死去 大毎、阪神、広島でリーグ制覇の優勝請負人
阪神などで通算121勝を挙げた若生智男(わこう・ともお)さんが3日、肝臓がんのため千葉県船橋市の病院で死去した。87歳だった。宮城県出身。葬儀・告別式は8日午後1時15分から船橋市市場2の9の1、古谷式典船橋斎苑で。喪主は妻美知子(みちこ)さん。 宮城・東北高から1956年に毎日(現ロッテ)に入団し、大毎時代の60年に13勝を挙げてリーグ優勝に貢献。ソロムコとのトレードで64年に移籍した阪神ではいきなりリーグ制覇に貢献。日本シリーズにも出場した。69年から3年連続2桁勝利をマーク。75年からプレーした広島でもリーグ制覇を成し遂げ、76年に現役引退。阪神やロッテ、横浜(現DeNA)などでコーチを歴任した。 兄は宮城県野球連盟会長を務め、05年1月に死去した久二雄さん。弟は東北、九州国際大付(福岡)などで監督を歴任し、21年7月に亡くなった正広さん。球界に貢献した若生3兄弟が天国に旅立った。 ◆若生 智男(わこう・ともお)1937年4月5日、宮城県生まれ。東北高から1956年に毎日に入団し、2年目にプロ初勝利。63年オフにトレードで阪神入り。75年からは広島でプレーし、76年限りで引退。その後は阪神、広島、ロッテなどでコーチを歴任し、社会人野球クラブの千葉熱血MAKINGの初代監督も務めた。NPB通算628試合に登板し、121勝120敗2セーブ、防御率2・71。
報知新聞社