中国製EVにどう対抗?:市場席巻された欧州諸国の現状
独仏のEV主導権争い
2024年は世界各地で重要な選挙がめじろ押しの「選挙イヤー」とも言える節目であり、EUの欧州議会も選挙が6月にある。その後は次期欧州委員会の人選も控えている。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の再任となるのか、各政策領域の担当委員に誰が就くのか。その人事がEVや脱炭素をめぐる政策にどう影響するかが注目される。 欧州議会選挙を見据え、仏ルノー・グループの最高経営責任者(CEO)ルカ・デメオは「欧州に宛てた手紙(Luca de Meo’s Letter to Europe)」と題する提言を2024年3月に発表し、EVにおける欧州エアバス創設を提案した。デメオは米ボーイングと並ぶグローバル2強に育ったエアバス社をモデル・ケースに、脱炭素と経済安全保障、産業競争力の強化をどのように一体的に進めるべきか、欧州全体の被用者の7%にあたる1300万人を雇用し、GDPの8%を生み出し、域外貿易黒字が1020億ユーロ(16兆円)に達する欧州自動車産業によるEVへの一体的な取り組みを提案した。背景には、中国製EV輸入の急増、原材料調達から廃棄バッテリーの再利用に至るライフサイクルにおける中国依存の高さ、米中に対する欧州の製造コストの高さ、米国に比べて購入補助金をはじめインセンティブが不足していることなどがあった。 デメオは域外国との競争環境について、欧州の自動車(A~Cセグメント)の平均生産コストが中国よりも25%高く、中国政府は22年までに1100億から1600億ユーロ(18兆1024億円~26兆3304憶円)の補助金をメーカーに支出したと指摘する。米国は22年8月のIRA(インフレ削減法)の下で3870億ユーロ(63兆6860億円)を経済全体に支出した。中国のエネルギーコストは欧州の半分、米国は3分の1であり、欧州の賃金は中国より40%高いため、欧州は不利な競争を強いられていると強調する。そして欧州メーカーの競争上の不利を訴えつつも、デメオは「中国をEU市場から完全に締め出すのは得策ではない」と主張する。リチウム、ニッケル、コバルトの供給でEUは中国を頼り、台湾には半導体で依存しており、EVの航続距離、充電時間、充電網の整備、ソフトウエアにおいて中国メーカーに学ぶ点が多いからだ。 「EV版エアバス」の下、「キャッチアップのための10プロジェクト」が提案された。(1)購入しやすい小型車の普及、(2)ラストワンマイル革命、(3)自動車のライフサイクル改善と加盟国レベルのEV購入補助金の導入、(4)欧州委員会による充電網の充実戦略、(5)原材料サプライチェーンの戦略的自立、(6)レガシー半導体も含む半導体産業の競争力向上、(7)ソフトウエア・デファインド車(自動アップデート可能車)の標準化、メーカー間で共用できる部品を共用化してコスト削減、(8)クラウドおよびサイバーセキュリティにおいても戦略的自立と脱炭素を目指す、(9)在欧中国企業も巻き込み、リサイクルのチャンピオン企業育成、(10)水素がリストアップされた。 こうした提案は、ドイツではどのように受け止められているのか。ドイツでの匿名・複数の関係者の受け止めは、冷ややかだった。いわく、デメオの提案は典型的にフランス的、つまりフランスの国益ための欧州統合、との発想が強すぎて賛成できない。フランス人はなにかとすぐにエアバス・モデルを持ち出せば万事うまくいくと思っている。これらの指摘の背景には、デメオの提案内容は独フォルクスワーゲンが傘下各社(アウディ、セアト、シュコダ、ポルシェ、ランボルギーニなど)を挙げて既に取り組んでいるものばかりである、とのさめた見方があり、次期欧州委員会の下で、EUレベルでことさらに騒ぐことではない、との見方だ。中国製EVであるBYD各車はガソリン車と遜色ない新車価格まで下がってきており、コスト競争力が高いが、独仏をはじめ欧州メーカーは中国にならい部品を共用にして中国製EVに対抗しなければならず、主導権を争っている場合ではない──。欧州議会選挙まで一週間に迫った5月26日、欧州委員会が近く中国製EVに対する追加関税の導入を決定する模様であり、論点はすでに税率の水準の設定にあると報道された。 独仏メーカーの思惑の一方で、EUによるEVシフトを強く打ち出した張本人であるフォン・デア・ライエン委員長は24年2月、欧州議会選挙の後も続投する意向を表明し、中道右派で欧州議会の第1会派である欧州人民党(EPP)は3月、次期欧州委員会委員長の候補に現職のフォン・デア・ライエンを選出した。「Politico」の議席予想によれば、24年5月時点でEPPが175、中道左派の欧州社会民主進歩同盟(S&D)が143であり、両党とも横ばいであるが、環境政党の緑の党・欧州自由連盟(Green/EFA)は支持率が下降し41議席にとどまる。 押し寄せる中国製EVに対し EUは一層のEV推進を堅持するのか、HVや持続可能燃料を使う内燃エンジン車をどこまで許容するのか、次の欧州委員会の人選が固まるまで予断を許さない。
【Profile】
鈴木 均 SUZUKI Hitoshi 国際文化会館地経学研究所主任客員研究員。専門は日欧関係、通商政策など。1974年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。歴史文明学博士(European University Institute)。新潟県立大学准教授、外務省勤務などを経て、2022年から現職。合同会社未来モビリT研究の代表も務める。