イッセー尾形、台本あってもアドリブに「その場のノリで言葉があふれてくる」
「至近距離だら、心を全開にして、全部出し切っちゃおう」 ドラマを通して共演者との交流も
商店街から一本入った路地に佇む居酒屋「ぼったくり」は、カウンター数席と小さなテーブル席二つ、小上がりのある小ぢんまりとした店だ。その場のスケール、距離感も、芝居に影響を与えるのだろう。 「みんな至近距離だから、心を全開するしかないんですよ。全部出し切っちゃおう、っていう。皆さんがそんな気分だったのだと思います。それを監督さんが丁寧にカットを割って、常連客の常連ぶり、あるいは新人の女将ぶりをつぶさに撮っていく。あんな至近距離で居酒屋料理を見るのも初めてでした」 料理といえば、片山は1カ月半ほど練習を積み、立派な包丁さばきを見せている。 「美味しいです。お寿司屋さんの距離感ですよね。自分なら、シンゾウのように親しく話しかけたりできないだろうなと思いながら、常連になるのはいいな、と夢見るところがありました。家や仕事場とはまた別の、自分が緩まる場所みたいね。居酒屋友達がいるっていうのを学びました。私生活にはないシチュエーションで、撮影に通うのが楽しみでした。ドラマですからフィクションなんですけど、ノンフィクションで、憧れて入った、という感じが一番近いかな」 ドラマながら、撮影での密なコミュニケーションは本物の交流につながる。監督や共演の片山らが、尾形の舞台を観にきてくれたそうだ。 「大阪の近鉄アート館が18年ぶりに復活して、再演ということでやったのですが、監督や片山さんとか来てくださって、居酒屋のシンゾウさんが舞台ではこんなことやっているって観ていただいたんです。喜んでいただいて、とても嬉しかったです。ライブはライブ、テレビはテレビで、違う世代のものなのかなと思っていたら、つながっているんだなと感じました」
映像も舞台も根本はまったく同じ 舞台は自分を引っ張ってくれる存在
尾形自身、映像作品と舞台での区別はあるのか。 「お客さんが目の前にいるのかいないのか、サイズというか距離感の違いはあります。映像の場合はクローズアップがありますが、ライブの場合はお客さんが自分の目でクローズアップしなくてはなりません。それぞれにあった芝居をしないといけません。そういう強弱、距離感やサイズには注意します。でも、あとは一緒です。何を面白がっているのか、演じる根本にあるものはまったく同じです。逆にそれしかできない」 物理的に異なる部分はあっても、演技の根本にあるものは共通している。 舞台のみならず、数多くのドラマ、映画にも出演してきた尾形。アレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』では昭和天皇を演じ、『沈黙 -サイレンス-』では井上筑後守役が世界的に高い評価を受けてロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞の次点入賞を果たした。どんな人物を演じても、その人物の個性を的確につかみ、伝えながら、それでいてやはりイッセー尾形はイッセー尾形だ。 「僕としては、僕の痕跡を残さずにその人物になりたいのですが、観る人はどうしたって尾形が演じているって。それは当たり前のことなんですね。僕の意図しない、僕にはもう如何ともしがたいそういう仕組みですね。人が演じるっていうのは、やっぱり限界はあるんだなと思います。それ自身にはなりきれないという」 その限界が見えているのは、ギリギリまで追い込んでいける演技の達人ならではの境地だ。 「ただ、自分を引っ張っているのはライブだなと思いますね。ネタを書いているとき、何かを編み出しているとき。それがないと滞っちゃいますね、自分の中で。あと、ライブでも後からDVDなどの映像を観たりすることは、セリフの確認などが必要な場合以外は、ほとんどしないです。観客になるよりもパフォーマーでいたいんです」 観る者の喜怒哀楽を揺り動かす、本物の役者だ。 (取材・文・撮影:志和浩司) 『居酒屋ぼったくり』 【テレビ放送】 BS12 トゥエルビ(全国無料放送) 毎週土曜よる9時00分より 【配 信】 U-NEXT よる9時30分より