桂場等一郎は『虎に翼』の“第3”の主人公だった 松山ケンイチだからこその人間の矛盾
松山ケンイチが演じた桂場等一郎と平清盛の共通点
清盛にとって一生をかけて達成するべき目的は、貴族が支配する世界を終わらせ、武士の世を創ることだった。そのために清盛は貴族の犬と蔑まれても必死に戦い武力を高め、のちに宋との貿易や身内の入内で経済と権力を手中に収める。だが頂点へと昇りつめるなかで盟友たちは彼のもとを去り、清盛は孤独な王者となって病の床で死んだ。 桂場等一郎と平清盛――。松山ケンイチという俳優は白黒、または善悪はっきりとした立場でなく、さまざまな矛盾を抱えた人間の姿を具現化することに非常に長けた俳優だとこの二作を観ると特によくわかる。そういえば松山が客演した劇団☆新感線の舞台『髑髏城の七人』でも主役の捨之介と敵役・天魔王の両方を同時に演じ、人間が宿す善と悪の両面を見事に表現していた。 さて、あまりに強大な力を有した清盛は軌道修正することなく道半ばでこの世を去った。では『虎に翼』における桂場はどうか。今や最高裁長官となった彼に面と向かって意見できる者はごく少数で、その代表であった多岐川(滝藤賢一)は先に逝き、寅子は桂場から絶縁宣言ともいえる言葉を投げつけられた。今の彼に「お前はそれでいいのか」と問いかけるのは“イマジナリー多岐川”だけである。そういえばあれほど好きだった甘味店にも最近は足を運んでいない。 『虎に翼』の主人公はいうまでもなくさまざまな疑問に対し「はて?」と問い続け、女性法律家として道を切り拓いた寅子だ。また、脚本の吉田恵里香氏が語っているように、外で戦わなくとも自らの意思で家族が生活するスペースを守り、家を支える花江(森田望智)ももうひとりの主人公。 が、あえて言いたい。この作品において桂場等一郎は第3の主人公であると。彼はつねに司法制度そのものに忠誠を誓い、他者と迎合することなくみずからの正義の道を突き進んできた。法律の世界における寅子の転機に必ず居合わせるその存在は、角度によっていろいろな色に見える羽を有した天使(もしくは悪魔)のようでもある。先を行く桂場の背中がなければ寅子の「はて?」はもっとぼんやりしたものになったかもしれない。 最終週、桂場はどんな結末を迎えるのだろう。願わくば笹竹の団子を口にして笑顔を見せてほしい。そういえば、劇中で彼が心から笑った瞬間を私たちはまだ確認できていない気がする。
上村由紀子