<上海だより>孤高のシンガーソングライター:内モンゴルの風が薫る音
上海の中心部西側に、「育音堂Yu Yin Tang」という古いライブハウスがあります。日本では、東京23区内だけでも300軒以上のライブハウスがあると言われていますが、上海のライブハウスは非常に小規模の店を含めたとして100軒にも至らないでしょう。その中でも、キャパシティ200人以下の有名な小箱が育音堂であり、上海でインディーズ/アマチュア音楽を聴くならやはりこの店が一番です。
雨上がりの週末、午後8時半。開場時間に合わせて店の前には多くの人が集まっていました。この日は内モンゴル出身で北京を中心に活動する「蘇紫旭(スー・ズーシュー)」というシンガーソングライターが出演するイベントが開催されました。スーは、中国の国営放送局CCTVが放送する音楽オーディション番組「中国好歌曲」の昨年のシーズンに登場し、話題になりました。上海で中国のインディーズ音楽について調査を進めている中で偶然この歌手を知ったのですが、とにかくそのエネルギーに驚かされました。
まず、大陸は内モンゴルならではとも言える圧倒的な声質と声量が彼の特徴です。25歳という若さに似合わず哀愁が香る低く渋い声、草原を走る獣の雄叫びのような叫び声、遠くから聞こえる笛の音のような繊細な裏声というように、1曲の中で多様な声を使い分けながら、ダイナミックに展開していきます。特に、提示部の旋律ではしゃがれた低音、展開部からは1オクターブ上げて中国の伝統的な京劇のような突き抜ける高音へ、という変化のダイナミクスも彼の魅力の一つです。
アコースティックギター弾き語りがスーの基本スタイルですが、その音楽の中にはどこか民族的な響きが漂います。とはいえ、ただ民族的なだけではなく、ブルーズやロックンロールはもちろん1990年台以降のロックやフリーフォークのような欧米のインディーズ音楽、ジプシー音楽などの多種多様な音楽の影響も感じさせるような細かなニュアンスも含んでいるので、古臭く聴こえないところも彼の魅力です。民族性をルーツに持つタイプのシンガーソングライターはその確かな技術力や、伝統が生む表現の厚みが魅力である一方、どうしても現代性に欠けてしまう傾向が強いのですが、彼はそのタイプではないようです。