アニメファンが『虎に翼』で初めて朝ドラにハマる 脚本家・吉田恵里香の“設計力”に驚き
SNSを覗けば毎話感想が飛び交い、筆者の周囲でも「朝ドラデビューが本作」という反応をよく耳にするNHK連続テレビ小説『虎に翼』。この盛り上がりに触発され、普段はアニメ視聴が主だった筆者も、今回初めて朝ドラデビューを果たすことになった。 【写真】吉田恵里香が脚本を手がけ大ヒットとなった『ぼっち・ざ・ろっく!』 注目すべきは、全体的な視聴率と比較して、若い女性層、特に20代から30代前半の視聴率が突出して高いという点だ。この現象は一過性のものではなく、直近の2作品『らんまん』『ブギウギ』と比較しても、同年齢層でかなりの視聴率アップを記録しているという。(※) この人気の立役者として、各方面で高く評価されているのが脚本家・吉田恵里香だ。実は筆者、吉田恵里香という名前を聞いて、まず頭に浮かんだのはドラマではなくアニメだった。アニメファンにとって、彼女の名はむしろアニメ脚本家としての印象が強いのではないか。 吉田がアニメと実写の垣根を超えて、『ぼっち・ざ・ろっく!』と『虎に翼』の両作の脚本家を務めたことに気づいたSNSユーザーから、驚きの声が上がっていたことは記憶に新しい。その“共通点”こそが、主人公以外のキャラクターの魅力的な描き方だという意見が数多く見られた。 確かに、『虎に翼』における女子法科の同期たちや家族の葛藤など、主人公以外のキャラクターの掘り下げ方は非常に魅力的だ。この点は、『ぼっち・ざ・ろっく!』における結束バンドのメンバーたちの描写とも通じるものがある。朝ドラ初心者の私にとって、こうした主人公以外のキャラの丁寧な掘り下げが「過去の朝ドラと一線を画す大きな違いだ」というメディアやファンの声による指摘は、目から鱗が落ちる思いだった。 しかしながら、世間でこうした声が次々と上がる一方、『虎に翼』と『ぼっち・ざ・ろっく!』をともにヒット作へと作り上げた吉田恵里香の真の強みは、単にキャラクターの掘り下げが上手いという点だけではないと感じた。 確かに、キャラクターの描写力は吉田の大きな武器の一つである。しかし、『ぼっち・ざ・ろっく!』はそもそも4コマ漫画が原作であり、コミカルな作品ならではの“キャラ立ち”が元々存在していたとも考えられるのではないか。そうした観点からも、あくまで個人的な見解ではあるが、ドラマ『虎に翼』、そしてその他のアニメ作品から見る吉田恵里香の脚本の真髄は、別の部分にあると考える。それは複雑な世界観や専門的な概念を、視聴者に自然に理解させる能力だ。 その代表例が、2024年7月から第2期の放送が開始されるTVアニメ『神之塔 -Tower of God-』だ。 『神之塔』は『ぼっち・ざ・ろっく!』とは対照的な作品である。キャラクター間の掛け合いを楽しむというよりは、デスゲームのような複雑な世界観そのものを楽しむ要素で人気を博している。アニメの1話30分という限られた時間の中で、謎が多く、時に理不尽とも思えるゲームの世界を、視聴者をおいていくことなく楽しませるのは至難の業だ。つまりは、原作という予備知識がなくても、視聴者がある程度初見で“ルール”を理解できないといけない。 しかし、吉田の脚本はこの難題を見事にクリアしている。毎回ゲームマスターのような存在に全てを語らせるわけでもなく、主人公がルール説明をするわけでもない。それでも視聴者は観ているうちに不思議と世界観を理解できてしまう。 この手法は『虎に翼』にも通じている。例えば、難解な法律用語や裁判の仕組みを、直接的な説明ではなく、登場人物たちの行動や対話を通じて自然に(それもわかりやすく)理解させていく。『神之塔』でのゲームと同じように、『虎に翼』でも法曹界の「ルール」が徐々に明らかになっていく。視聴者は気づかないうちに、複雑な法律の世界に引き込まれているのだ。 『虎に翼』の前半パートでは、難解な判例を再現する際、猪爪家の面々が出演し、その事件をコミカルな寸劇に置き換えて伝えるというパターンが確立されていた。 家庭裁判所編に入ってからは、ライアンこと久藤頼安(沢村一樹)が、真珠湾攻撃の前年にアメリカで視察してきた「ファミリー・コート」について寅子に語るシーンでも吉田の手腕が光る。「家庭裁判所とは何か」「寅子たちが目指す家庭裁判所とはどんな施設なのか」ということを直接的に説明するのではなく、ライアンが見てきた理想を通して間接的に表現しているのだ。 この手法により、視聴者はライアンと共にアメリカの「ファミリー・コート」を想像し、その理念を自然に理解することができる。家事と少年問題、つまり家庭に関する問題を総合的に引き受ける裁判所という概念が、押し付けがましくなく伝わってきたのではないか。 『虎に翼』は、法曹界を舞台としながらも、決して敷居の高い作品ではない。むしろ、誰もが楽しめるよう緻密に“設計”された作品と言える。複雑な設定や背景を自然に理解させていく巧みな脚本術により、この先も寅子の前にそびえ立つ法曹界という世界が、視聴者にとっても魅力的な舞台として映し出されていくことだろう。 参考 ※ https://nikkan-spa.jp/1997168
すなくじら