大正時代から続く魚に合う日本酒…能登半島地震で酒蔵は全壊も一歩踏み出す理由とは
能登半島地震で大きな被害を受けた珠洲市蛸島町。この漁師町で大正時代から100年以上親しまれてきた酒蔵もすべてを失ったが新たな地で酒造りを始めている。そこにはふるさとへの思いがあった。 大正時代から続く酒蔵 全壊しても新たな一歩踏み出す理由
地元で100年以上愛された酒蔵は壊滅的な被害
櫻田酒造 櫻田博克さん: 「ここは店舗ですね。お店の玄関口になります。地震で道路のほうに倒れちゃいまして…」 大きな揺れが一瞬にして全てを壊した。櫻田酒造。漁師が多く住むこの町で大正時代から100年以上愛されてきた酒蔵だ。 櫻田さん: 「中はこんな感じです。とても酒が造れるような状態じゃないですよね。この機械の隙間にいて、自分は無傷で助かったんですけど・・・」 4代目の櫻田博克(さくらだひろよし)さん。櫻田さん自身は無事だったものの、自宅も酒蔵も全壊。今年どころか今後の酒造りは諦めていた。
酒造りを再び…気持ちを動かしたのは瓦礫の中から見つかった酒米
そんな櫻田さんの背中を押したのは瓦礫の中から見つかった酒米だった。 櫻田さんは「能登瓦がずしんと潰れたんですが、その下で雨に耐えて雪にも耐えて残ってたんですよね。本当に出てきたときうれしくて・・・」と振り返る。 3月、櫻田さんの姿は珠洲市でなく白山市の酒蔵にあった。案内されたのは櫻田さんのために割り当てられたタンク。白山市にある酒蔵の協力で、ここで酒造りをさせてもらえることになったのだ。 櫻田さん: 「ワクワクしてきましたね。」 協力した車多社長: 「何よりも30年来の友人ですので、大変困っていらっしゃるので何か手助けになれないかと思って声をかけたのがきっかけです。普段飲んでいらっしゃる方に届けるのはもちろんですが、全国の人にも『大慶』というお酒をぜひ知ってほしい」
魚に合う日本酒として地元で愛された『大慶』
瓦礫の中から救い出した酒米を使って今年の酒造りが始まった。作るのは「大慶(たいけい)」という銘柄。魚にあう日本酒として蛸島の漁師の食卓には欠かせないものだ。 櫻田さん: 「おそらく、創業した場所が蛸島町ではなくて隣町とかだったら、この酒はもうなかったんだろうなと思うくらい蛸島の皆さんに大事にしてもらいました」 酒造りの場所は白山市。それでも頭の中にあるのはふるさとのこと。蛸島の日常を取り戻したい…それが櫻田さんの思いだ。