お母さん(12月8日)
第4次中東戦争、イラン革命、旧ソ連によるアフガニスタン侵攻―。第2次世界大戦が終結して四半世紀を経た1970年代。ガラス細工のような世界平和に、ひずみが現れる。大国の周辺で紛争や動乱が相次いだ▼日本人が突如、身近な場所から姿を消した闇の10年とも重なる。政府が拉致被害者と認定した17人のうち13人は、この間に連れ去られた。中学生だった横田めぐみさんも含まれている。母早紀江さんはかつて講演で、「毎日が霧の中を歩いているよう」と語った。それでも前を向き、まな娘の一日も早い救出を願い続けている▼22歳だった田口八重子さんも慟哭[どうこく]したことだろう。2児を残して、自由を奪われた。長男の飯塚耕一郎さんは47歳になった。拉致被害者家族会事務局長として先月、福島市で講演した。会えない。声も聞けない。不条理としか言いようのない現実を切々と訴え、聴衆の涙を誘った▼世界はいまだ不安定で、かの隣国は不穏な動きを強めている。首相は一時、東京と平壌に連絡事務所を設ける構想を掲げたが、先行きは見通せない。謀略に翻弄[ほんろう]された親子の空白の時間を取り戻したい。荒波を越え、「お母さん」の声が届くよう。<2024・12・8>