インドはどうやって自己主張する「強気な国」に生まれ変わったのか…「戦虎外交」を支える男の正体
国民は「強いインド」を支持
経歴だけを見ても、ジャイシャンカルは、台頭著しいインドの外交政策の陣頭指揮を執るにふさわしい人物だ。1970年代後半のソ連に始まり、日本、チェコ、シンガポールなどに赴任。40年間の外交官人生の締めくくりに、中国とアメリカという最重要国の大使を務めた。インド外務省の米州局長として、アメリカとの民生用原子力協力をまとめた実績もある。 ジャイシャンカルは、モディのヒンドゥー至上主義的姿勢も熱心に擁護してきた。その非自由主義的な側面や、マイノリティーの扱い(特にイスラム教徒に対する暴力の増加)が批判されると、徹底的に反論する。「過激かどうかは見方の問題だ」と、今年2月にニューデリーで開かれた国際会議でも語っている。 首相就任からの10年間で、モディが各国首脳と大げさなハグを交わす熱いリーダーのイメージを世界に広める一方で、ジャイシャンカルは国際的な経験を武器に、モディのビジョンを世界に伝える完璧な役割を果たしてきた。外務次官就任以降に刊行された2冊の著書は、彼の世界観と、インドの外交政策が変わりつつあることを教えてくれる。 それは『インド外交の流儀』(邦訳・白水社)と『なぜバーラトが重要なのか』(未邦訳)というタイトルからも明らかだ。バーラトとは、ヒンドゥー文化の要であるサンスクリット語でインドを意味する。 昨年9月にインドでG20サミットが開催されたとき、モディはインドの正式名称としてバーラトを使用して世界を驚かせた。批判派は、インドをヒンドゥー至上主義の国にしようとする試みの1つだと糾弾した。 だが、モディのナショナリスト的な政策は、けっして国民に不人気ではない。14年の総選挙でBJPは下院543議席のうち282議席を獲得し、インドの政党としては30年ぶりとなる単独過半数を獲得した。世論調査を見る限り、今回も14年と同レベルの議席を獲得できそうだ。 人口で世界第1位、経済規模でも第5位の大国となったインドの政策は、世界にも大きな影響を与える。モディ政権下で、インドは欧米諸国やペルシャ湾岸諸国、そしてグローバルサウスとの関係を強化してきた。また、クアッド(日米豪印戦略対話)、I2U2(インド、イスラエル、アラブ首長国連邦、アメリカの新クアッド)、G20といった多国間協力にも力を入れている。 一方、現代世界の2大紛争では、インドはどの陣営にも肩入れしすぎないよう注意している。ウクライナ戦争ではロシアと欧米諸国の両方に配慮し、イスラエル・ハマス戦争ではパレスチナ自治区ガザにおける人権尊重と2国家解決策を擁護しつつ、イスラエルにインド製ドローン(無人機)を供給したといわれる。 2月下旬、ジャイシャンカルは母校JNUでの講演で、「バーラトとは政体だけでなく、文明国家であることを意味し、(世界の舞台で)より大きな責任を担い、貢献しなければならないことを意味する」と熱弁を振るった。そのためには「国際的なアジェンダに影響を与え、世界の言論を(インドに有利に)形成しなくてはならない」 インドの「戦虎外交」はまだまだ続きそうだ。 From Foreign Policy Magazine
リシ・アイエンガー(フォーリン・ポリシー誌記者)