『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督×藤井道人監督が対談「ものを書く仕事において“昇進”という概念はない」
2012年に設立され、破竹の勢いで日本でも知られる存在になった映画会社A24。同社と『エクス・マキナ』(15)、『MEN 同じ顔の男たち』(22)で組んだアレックス・ガーランド監督が、最新タッグ作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(公開中)を引っ提げて来日を果たした。同作は、「もしアメリカが、分断され内戦が起こったら?」を描いた物語。キルステン・ダンスト、『プリシラ』(23)で第80回ヴェネツィア国際映画祭女優賞を受賞し、『エイリアン:ロムルス』(公開中)にも抜てきされたケイリー・スピーニー、『憐れみの3章』(公開中)で第77回カンヌ国際映画祭男優賞に輝いたジェシー・プレモンスらが出演している。 【写真を見る】先輩から後輩へ…ガーランド監督の言葉をかみしめるように受け止める藤井監督 A24史上最高額の製作費を投じ、全米公開されると2週連続で興収1位を記録した話題作。ガーランド監督のファンであり、長らくA24を追いかけている藤井道人監督(『新聞記者』『青春18×2 君へと続く道』)はどう観たのか?共に脚本家から映画監督へと転身したキャリアを持つ2人が、熱く語り合った。 ■「5人目の乗客としてロードムービーに参加しているような臨場感を覚えました」(藤井) 藤井「アレックス・ガーランド監督、初めまして。お会いできて本当に光栄です。僕は映画館で観た『わたしを離さないで』が大好きで、いつも取材でお気に入りの一本として挙げています。だから今日はものすごく緊張しています」 ガーランド「こちらこそ、初めまして。『わたしを離さないで』は作るのが本当に大変な作品で、制作中に様々な問題に見舞われ、編集も苦労しました。だからこそ、そう言っていただけてありがたいです」 藤井「そうだったのですね。今回の『シビル・ウォー』もとても楽しみにしていましたが、観終えてとてもショックを受けました。配給会社の方に『推薦コメントをください』と言われたのですが、いくら言葉にしても陳腐に思えてしまうくらいで。僕はいまちょうど『イクサガミ』というNetflixのドラマの撮影中ですが、現場で『これだけは観とけ』とスタッフに言って回っています」 ガーランド「撮影中のお忙しい時に来てくださったんですね。ありがとうございます」 藤井「いえいえ、ガーランド監督も連日インタビューで硬派な質問を多く受けているでしょうから、今日は後輩の監督としゃべるくらいのラフな気持ちでお話いただけたらうれしいです」 ガーランド「わかりました。藤井さんもご存じの通り、映画の撮影や制作は観客の皆さんが想像するものとだいぶ違うものなので、どこまで正直にお話できるかはわかりませんが(笑)、ぜひお願いします」 藤井「ありがとうございます。本作を拝見した際、『こう観てください』と提示してくる映画とはひと味違う余白がありながらも、5人目の乗客としてロードムービーに参加しているような臨場感を覚えました。今回は、A24もしくはプロデューサーと『一緒にやろうよ』というところから始まったのか、『こういう映画を作ってください』というオーダーがあったのか、どのようなきっかけから企画が始まったのかすごく気になっています」 ガーランド「スペキュラティブ(思索、推測)の略でスペック・スクリプトというものを僕はいつも作ります。自分のアイデアをまとめるようなもので、制作のあてもないまま誰にも話さず、まずは1人で書き始めるのです。カズオ・イシグロさんの小説を映画化した『わたしを離さないで』のように原作をベースにして書くこともありますが、僕はそちらのほうがレアケースで、だいたい自分1人で『これはうまくいくだろうか、とりあえず書いてみよう』というところからスタートします。 今回もそうで、実際に形にしてみないとわからないのでまずはスペック・スクリプトを書き上げて『これはOK』と思えたので、まずはA24に持ち込みました。彼らに断られていたら、この映画は頓挫したでしょう。こういう映画に資金を提供してくれるアメリカの制作会社は、ほかに思いつきません。ワーナーやディズニー、Appleにソニーといったスタジオに持ちかけたところで、きっと不可能だったと思います」 ■「監督業を営む半数以上の人は映画監督がどういう仕事なのか、本質的にわかっていないと感じます」(ガーランド) 藤井「実は僕もガーランド監督と同じで、脚本家から監督になりました。自分の場合は一向に脚本が上手くならなかったからインディーズで監督を始めたのですが、ガーランド監督はダニー・ボイルさんほかすてきな監督とも作品を作られたうえで、監督業を始められていますよね。その経緯をぜひ伺いたいです」 ガーランド「正直なことを言っていいのか悩みますが――本音を打ち明けましょう。これはあくまでも僕の経験の話ですが、監督業を営む半数以上の人は映画監督がどういう仕事なのか、本質的にわかっていないと感じます。役者との対話の仕方がわかっていなかったり、シーンがどういう機能を果たすのかを理解できていない。そしてカメラをどこに置いたらいいのか、どういうレンズを使ったらいいのかわからない。 監督業というのは非常に奇妙な仕事だと思うのです。例えば車の運転手なら、 車の運転ができなくてはなれませんが、映画監督はやり方を知らなくてもなれてしまう。経験豊富な現場スタッフが監督を守るからです。僕が監督になった理由は、自分が書いた脚本を台無しにする監督たちを見てきたからなのです。これ以上は許せない!と思い立ったのが、本当のきっかけになります。もちろんダニー・ボイルは違いますよ!彼はとても優れた監督ですから」 藤井「本音をありがとうございます。ものすごくよくわかります…。それでいうと、ガーランド監督は俳優部の演技や演出の距離感が本当にすごい。ドキュメンタリー的だけれど、ジェシー・プレモンスが登場した時に息ができなくなるくらい俳優の演出が突出していました。『脚本家から監督になった』とは思えないくらいの才能に興奮したのですが、キャスティングもご自身で行われているのでしょうか」 ガーランド「もちろん様々な方に相談はしましたが、僕が判断しました。演出においては、スタッフにもキャストにも同じ話をしました。今回は“映画言語”ではなくて、“リアル言語”を使って演出しようと。例えば、誰かがこの(取材)部屋で私に銃を発砲したとして“映画言語”だと身体が吹っ飛んで血しぶきが上がり、背面のガラスが粉々になって窓の外に落ちていく――というものかと思いますが、実際に誰かが銃殺された場合は銃弾は身体を貫通し、その人はその場に倒れるだけ。そして20秒くらい経ったら血がにじみ出てきます。仮に身体がガラスにぶつかったとして、強化ガラスを粉々にするなんてことはなくて、せいぜい跳ね返って倒れる程度でしょう。これが“リアル言語”です。 “映画言語”というのは不思議なことに、現実から乖離しているものが多くあります。運転のシーンなども、助手席に座っている誰かと話している時にその人をじっと見ますよね。実際にそんなことをしたら事故が起こるため、普通の運転手は前を見ているものですから、今回はなるべくそうした演出はなしにしていきたいと各々に伝えました。カメラワークにしても、報道カメラマンやドキュメンタリー風に撮るようにしていきました」 ■「『エクス・マキナ』のカメラは静的なのに、今回は非常に動的で、まったくワークが違うことに感動しました」(藤井) 藤井「ガーランド監督は撮影のロブ・ハーディさんをはじめ、『エクス・マキナ』のスタッフ陣と今回も組んでいますよね。『エクス・マキナ』のカメラは静的なのに、今回は同じチームなのに非常に動的で、まったくワークが違うことに感動しました」 ガーランド「『その映画にはなにがふさわしいか』を都度判断しています。もし『エクス・マキナ』のスタイルを『シビル・ウォー』に用いるならば、まずは映画文法でいこうという話をしたと思います。今回、ロブには『いままでと違う撮影スタイルにしよう』と最初に話しました。 撮影は全部で10週間半ほどでしたが、その中でドリー(台車)を使ったいわゆる通常の映画スタイルの撮影は2日ほどでした。あとは手持ちのDJI Ronin(中国のドローンメーカー、DJIが製造する手持ちのシネマカメラ)というカメラを用いているのですが、やはりカメラによって構図は変わるものです」 ■「僕はできるだけ多く旅をするようにしています」(ガーランド) 藤井「これは個人的に持ち帰りたい質問なのですが――ガーランド監督が描かれる、もしくは作られた世界は現実と離れていないようでSFファンタジーの要素がありますよね。あなたが生みだす“IF(もし)”の世界観の大ファンなのですが、どういうところからそれが湧き出てくるのでしょうか。自分もオリジナルをやったり、原作モノにトライしたりしているのですが、どこかで自分が麻痺してしまっているような感覚に悩まされています。生む苦しみにどう対処しているのか、クリエイティブの根幹をぜひ教えてください」 ガーランド「これは昔学んだことですが、ものを書く仕事において“昇進”という概念はありません。僕は24歳で『ザ・ビーチ』を書きましたが、これが結構売れまして『よし、これでもう大丈夫だ』と思ったら全然そんなことはありませんでした。自分が会社員だったら、いい仕事をしたら昇進したでしょうが、作家は結局またゼロから新たなものを生みださないといけません。『そうか、これはずっと変わらないんだ』ということに気づき、どこからアイデアを生みだすのか悩んだ時、カズオ・イシグロさんの友人でもある年上の作家から『あなたの人生を生きなさい』と言われたのです。 作家というとずっと部屋に閉じこもって黙々と机に向かって書いているように思いがちですが、それではすぐにネタが尽きます。ですので、僕はできるだけ多く旅をするようにしています。遠い国に行って、あえて居心地の悪い環境でイマイチ信頼できない人たちと交流するなかで不安を覚えるような状況を自ら作るのです。そうした奇妙な空間にいると、自然と様々なアイデアが生まれてきます」 ■「A24は、数が限られていても、熱量の高い客層を大切にしてくれるので、僕としても相性がとてもいいです」(ガーランド) 藤井「なるほど…。とても勉強になります。最後に、ガーランド監督とかかわりの深いA24についても質問させてください。僕は日本にはA24のような映画会社はないと思っていますが、実際に“中の人”に会った機会は一度しかなく、実態はまったくわかっていません。それもあって長らく憧れのブランドなのですが、A24のなにがガーランド監督を魅了しているのでしょう」 ガーランド「実は、『エクス・マキナ』の制作資金を出してくれたのはユニバーサルでした。でもいざ完成させたら『これでは売れない』と言われてしまったんです。そこで買い取ってくれたのがA24でした。アメリカのスタジオ相手に仕事をしていると過去に数回こういったことが起きて、そのたびA24やNetflixが買い取ってくれたり、あるいはスタジオ自らがなるべく予算をかけずに小規模公開したり…というようなことが繰り返されていました。 要は、アメリカの伝統的な映画スタジオは『なるべく多くの観客がいいね!と言うものがほしい』という考えなのです。だから、僕が作るような一筋縄ではいかない、割と小規模な作品をよく思ってくれないんですよね。対照的にA24はまさにそういう作品を好んでくれます。彼らはそういった作品に飢えている客層がちゃんといることに気づいてくれているんですよね。散々マクドナルドを食べさせられて『もうちょっと違う味のものを食べたい』と思う観客たちのことを。 A24と出会う前は、『本当はこういうことが語りたいけど、そのままだと通らないだろうな』と考えて、アイデアのなかにこっそり忍び込ませていわゆるメジャー作品に見せかけてスタジオに売って作らせてもらい、あとからなにか言われても『残念、もう作っちゃいました』というようなスタンスで騙し騙しやってきました。そこにA24が現れて、最初から正々堂々とできるようになったのです。大勢が『なんとなくよかった』と言うものより、数が限られていても『大好き!』と言ってくれる熱量の高い客層を大切にしてくれるので、僕としても相性がとてもいいです」 藤井「ガーランド監督、今日は本当にありがとうございました。とにかく勉強になりましたし、すごく幸せな時間でした」 ガーランド「こちらこそ、ありがとうございました」 取材・文/SYO
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