【社説】選挙運動の妨害 表現の自由を取り違えるな
「表現の自由」から逸脱した行為である。放置すれば、他の選挙に影響しかねない。 4月の衆院東京15区補欠選挙で別陣営の街頭演説を妨害したとして、警視庁は公選法違反(自由妨害)の疑いで、政治団体「つばさの党」の事務所などを家宅捜索した。立件を視野に捜査を進める。 党の黒川敦彦代表、補選に立候補して落選した根本良輔幹事長ら3人は、他陣営の街頭演説に重ねるように大音量で主張を訴え、街宣車を車で追いかけ交通を妨げるなど、選挙活動を妨害した疑いが持たれている。 候補者に「質問がある」と迫ったり、罵声を浴びせたりと、異様な光景が選挙期間中に何度も繰り返された。他陣営への選挙妨害で強制捜査を受けるのは異例だ。 注目を集めるためか、つばさの党は一連の動画を交流サイト(SNS)に投稿していた。違法性が疑われる活動が拡散されていたことになる。 黒川代表は「表現の自由の中で適法にやっている」という認識だ。6月に告示される東京都知事選に立候補を表明しており、同様の活動を続けるとみられる。 言論の自由、表現の自由は尊重されなければならない。憲法が保障する国民の大切な権利である。だが乱用して、他者の権利を侵害することは許されない。 選挙中の街頭演説は候補者が政見や公約を訴え、有権者が直接聞くことができる貴重な機会である。 つばさの党の行為で有権者は演説を聞くことができなくなり、投票の判断材料を奪われた。最高裁は判例で、聴衆が聞き取ることを不可能または困難にする行為を「演説の妨害」としている。 候補者側も街頭演説の日程を事前に告知できなくなるなど、選挙運動を制限された。 表現の自由は無制限に保障されるものではない。公共の福祉、社会秩序を保つために制限されることがあり得る。もちろん選挙運動に限ったことではない。 与野党からは対策を求める声が上がっている。公選法に妨害行為を例示し、罰則を強化する案がある。 明らかな妨害行為は論外だが、規制が過ぎれば選挙運動を萎縮させる恐れがある。公権力で表現行為を規制することは抑制的であるべきだ。 街頭演説を巡っては、2019年の参院選で当時の安倍晋三首相にやじを飛ばした聴衆を北海道警がその場から排除した。裁判所は、一部の警察官の行動は表現の自由を侵害したと判断している。 これを今回の問題と同列に扱うのは適当でない。妨害行為は慎重に判断する必要がある。警視庁はつばさの党に警告や注意を繰り返した上で強制捜査に踏み込んだ。 まずは現行法を基本に対策を検討すべきではないか。選挙制度の根幹に関わる問題である。拙速な議論になってはならない。
西日本新聞