「会社の歴史」はパーパスを浸透させる最強ツールである
■組織文化を変える「会社の歴史」 最近、企業変革のために、パーパスの策定や経営理念の見直し、ミッション・ビション・バリューを定める企業が増えています。 ですが、せっかく新たなパーパスや理念を策定しても、従業員への浸透は満足に進んでいないようです。実際「パーパスの浸透に苦労している」という声をよく耳にします。なぜ、現場に広がっていかないのでしょうか。 その原因に組織文化があります。それまでの組織文化がパーパスの浸透を阻んでいるのです。伝統のある企業ほど、ある時代の成功体験とともにつくられた組織文化を変えるのは簡単ではありません。 特に、多数派でありながら岩盤層になっている「保守層」が変わらない限り、企業変革の実現には至らないでしょう。 ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンは、組織文化について次のように述べます。 「文化というものは、グループ内のメンバーたちが何度も生じる問題に対処する際に用いる方法──その効力は実証済みであり、それなりに受け入れられている──を、有無を言わせず、暗黙裏に強制する。また文化は、異なる種類の問題にどう優先順位をつけるかを決定付ける。つまり、強力なマネジメントツールになりうるのだ」 過去に浸透した組織文化は組織の慣行に深く根付いているため、新たなパーパスや理念を掲げたところで、それを跳ね除けてしまう性質があるということです。 それでは、どうしたら組織文化の壁を乗り越えて、パーパスを浸透できるのでしょうか。今回、DHBRではイベントを開き、『理念経営2.0』の著者であるBIOTOPE代表の佐宗邦威さんと、経営史と経営組織論を専門とする一橋大学の酒井健准教授を招き、対談を行いました。 佐宗さんは「企業にはそれぞれ固有の歴史があります。そこにしっかりと向き合うことで、自分たちが何者なのかがわかり、『自分たちならこういう挑戦ができる』と納得して未来に進むことができるのです」と述べます。 酒井准教授は「レトリカルヒストリーの研究分野では、会社の歴史そのものや歴史を語る能力が重要な経営資源だと長らく強調されてきました。何の根拠もない議論に比べて、歴史を踏まえた議論があると、その企業のステークホルダーは、はるかに『腹落ち』しやすいのです」と話します。 どうやら、組織を変えるうえで「会社の歴史」が重要な役割を担っていそうです。 ■保守層を動かす「物語」の持つ力 この話に呼応するように、最近の『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)には、企業変革のために「物語」の活用を勧める論文が次々と出ています。たとえば、 ユタ大学教授ジェイ B. バーニーらによる「企業文化の変革はリーダーがストーリーを語ることから始まる」がその一つです。 バーニーは、構想や制度設計から始めても「組織は動かない」と指摘します。一方で、変革に成功した企業はまず「これまでの企業文化とは相容れないが、それと違う文化──自社戦略とよりよく調和するような新しい企業文化──を強化するような行動にスポットライトを当てたストーリーをつくった」と喝破します。 バーニーが物語に価値を見出したのは、注目に値します。企業内部の経営資源を用いて模倣困難性を実現する重要さを説いた戦略論の大家が、物語を経営資源の一つだととらえていることがわかるからです。 ソニーグループ元CEOの平井一夫さんは、創業時の物語に立ち返り、経営再建を実現した経営者の一人です。大赤字だったエレクトロニクス事業を「ソニーは規模ではなく、違いを追求する」と戦略転換し、「KANDO」(感動)を掲げて、一気に立て直しました。 本誌の対談で、平井さんは「ソニーは、(設立趣意書に書かれている)『愉快ナル理想工場』に志ある社員たちが集まって、お客様に感動を与える名機を数多くつくってきた会社です。事業の幅が広がり、多様な人材が集ういまこそ、その精神に立ち返り、感動を提供する会社を目指そうと考えました」と語っています。 当時、ソニーで新規事業創出プログラムを推進していた佐宗さんは「社員として『地に足がついた経営をしているな』と感じていましたし、私自身、歴史を語ることで一気に保守層を動かせたという実感もあります」と振り返ります。 酒井准教授は、共通の体験や文化を持つ人々によって構成される「ニモニックコミュニティー」(Mnemonic community)という概念を紹介しつつ、保守的な層を動かすのに歴史が有効になる可能性があると述べます。特に、現状を変えるうえで創業時の思いを呼び覚ますことが効果的で、これをバース大学教授のマイリー・マクリーンの研究を引き、「ゴースト」と呼びます。たとえば、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)では戦略転換のたびに、創業者の思いを呼び戻し、変革の正当性を持たせてきたのです。 このように、リーダーが改革の方針と重ね合わせて、創業者の思いや創業当時の体験を「ゴースト」として呼び起こし、歴史とともに未来を語っていくことで、人々のマインドセットを変えることができるのです。 つまり、企業変革のためには、その会社に眠る歴史を掘り起こし、リーダーが現在、未来につながる物語を語っていくことが戦略上、重要だということです。そうすれば、従業員たちも安心して次の時代、次のあるべき組織に向けて進むことができるのです。 とはいえ、そう言うと「我が社は周年事業で社史編纂を行った」「創業理念を掲げた展示室や展示館がある」などと胸を張るリーダーも多いはずです。これまでの取り組みでは、何が足りないのでしょうか。 ここで、大手4大弁護士事務所の一つである森・濱田松本法律事務所の事例をご紹介します。