Jリーグが「移籍金ビジネス」で世界に後れを取る根本原因
アスリートでありながら、投資家としての意識を持つ「アスリート投資家」たちに、自らの資産管理や投資経験を語ってもらう連載「 アスリート投資家の流儀 」。 前回 に続いて今回も番外編です。 元Jリーガーで、引退後に起業。その後、コンサドーレ札幌(現・北海道コンサドーレ札幌)社長に転身し、2022年からJリーグチェアマンを務めている野々村芳和さんの第2回です。 32年目を迎えたJリーグですが、2023年度の売上高が100億円を超えているのは浦和レッドダイヤモンズ1チームのみ。それも昨季はAFC(アジアサッカー連盟)チャンピオンズリーグ(ACL)制覇、2023年FIFA(国際サッカー連盟)クラブワールドカップ4位、J1・4位、YBCルヴァンカップ準優勝と好成績を残し、10億円近い賞金を獲得したことが大きかったといいます。ACLやクラブW杯がなく、すでにルヴァンカップも落としている今季の100億円突破はかなり厳しいのが現状でしょう。 1991年のリーグ設立当時に加盟した「オリジナル10」である鹿島アントラーズ、横浜F・マリノス、ガンバ大阪、名古屋グランパスも2023年度の売上高は63億~65億円規模。野々村チェアマンが目標に掲げる「200億円」が、いかに高いハードルかがよくわかります。 「自ら稼いでグローバル基準に引き上げるような経営者やクラブスタッフがもっともっと出てくる必要がある」と語っている野々村チェアマンですが、ほかに方策はあるのでしょうか。そのあたりを深掘りしました。 ■移籍金収入の引き上げが喫緊の課題 ―― 前回の記事 で、クラブの運営規模を引き上げるためには、サッカー専用スタジアムの存在が重要と野々村さんは語っていました。それ以外に何かポイントはありますか。 野々村:欧州ビッグクラブの売上規模がJクラブよりはるかに大きいのは、クラブ個々の営業努力はもちろんのこと、テレビ放映権料と移籍金収入の2つが高額だから。その2つの要素が大きいのが事実なんです。 ――放映権料に目を向けると、イングランド・プレミアリーグは創設された1992年には国内向け放映権料が年間3800万ポンド程度だったのが、現在は50倍弱の18億ポンド(約3700億円)規模に達していると言われています。Jリーグも2023年から2033年までDAZNと総額約2395億円の契約を結んでいますが、プレミアリーグの1年分よりも少ないです。 野々村:確かにそうですね。われわれもアジア各国などへの放映権販売に力を入れていますが、まだまだ開拓の余地はあると思います。そこはJリーグの今後の課題といえるでしょう。僕個人としては、むしろ移籍金収入のほうがより早く引き上げられる可能性があると考えています。 ――確かに日本人選手の海外移籍は加速する一方です。2000年代までは日本代表の主力級でないと欧州クラブに行けない状況でしたが、今では10代選手に次々とオファーが届き、移籍する時代になりました。 野々村:その流れは一気に進んでいますね。しかしながら、潤沢な移籍金を獲得して彼らを送り出しているかというと、そうではない。「選手を育てて売る」ということをビジネスと捉えきれていないクラブやフロントもまだまだ多いと言わざるをえません。 これまでの30年間は国内マーケットだけが競争相手でしたが、これからはグローバルな視点で物事を見ていかなければいけない。それができる経営者や強化部門の人材が少ないと思います。選手が先を行っている分、クラブ側も早く追いついていかないといけない。 10年後、20年後にはクラブスタッフのほとんどが英語での意思疎通ができ、海外と日常的にやり取りできるような環境が生まれていないといけない。国内外の優秀な人材が「Jリーグで働きたい」と競ってやってくるような、魅力あるものにしていくことが重要だと思っています。 ■リーグが海外クラブを招聘した狙い ――今夏には「明治安田Jリーグワールドチャレンジ2024」と銘打って、Jリーグがトッテナム・ホットスパー(イングランド)、ニューカッスル・ユナイテッド(同)、VfBシュトゥットガルト(ドイツ)を招いて、ヴィッセル神戸や横浜F・マリノス、浦和レッズなどと国内で試合をすることになっています。 それ以外にも三笘薫選手が在籍するブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオン(イングランド)、伊東純也選手と中村敬斗選手が在籍するスタッド・ランス(フランス)、久保建英選手が所属するレアル・ソシエダ(スペイン)も来日します。そういったクラブが来ることで、「世界の実情や格差」をファン・サポーターのみならず、クラブ関係者が知ることは大きな意味がありますね。 野々村:そうですね。プレミアリーグの「ビッグ6」に数えられるトッテナムの売上規模は1000億円程度と言われていますし、ニューカッスルも400億円程度は稼いでいるでしょう。彼らがそれだけの資金力・運営力をいかにして得ているのか、クラブの健全経営に尽力しているのか、といった点は非常に興味深いところです。 僕らはこの機会を生かすべく、Jリーグ主催の「サステナビリティカンファレンス」を実施することにしています。欧州トップクラブの経営、とくにサステナビリティー経営を学ぶことに主眼を置き、ワールドチャレンジの週に1日かけて行います。 招聘クラブの中から最先端のクラブ経営に携わっている関係者を招き、Jクラブの社長にも参加してもらい、総勢200名程度を想定しています。これは僕らにとっても大きなプラスになると期待しています。 もちろんメインはピッチ上なので、選手たちが世界基準を体感し、レベルアップにつなげてもらうのが一番。JリーグU-15(15歳以下)もトッテナム、ニューカッスルとアカデミーマッチを行うことになっているので、育成年代にとっても大きな刺激になると思います。 ■現役選手のマネーリテラシーをどう見ているか ――クラブ関係者がマネーという側面からサッカーを見る力をつけることは、今後の発展・成長を考えても重要ですね。選手も自身のキャリア形成を考えていくうえで、よりマネーに目を向けるべきではないかと思います。野々村さんは北海道コンサドーレ札幌で社長も務められた経験を踏まえて、Jリーガーのマネーリテラシーをどう見ていますか。 野々村:選手と年俸の使い方や運用の仕方を話す機会はほぼなかったので、何ともいえません。ただ、Jリーグの新人研修会、あるいは税理士などを通して税金や確定申告など最低限の知識は持っていると見ています。 今はNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)もありますし、各自で何が必要かを判断しながら、資産形成を考えていくことが大事。僕自身は選手時代にそういう知識がなく、株式や国債も買ったことがなかったので何も勧められませんが、自分自身で取り組んでいくことだと考えています。 ――プロサッカー選手は厚生年金や共済年金はもらえませんし、保証のない仕事ですから、セカンドキャリアを見据えつつ、何らかのアクションを起こしていく必要がありそうですね。 野々村:今は現役選手としてプレーしながら起業するケースも多くなっていると聞いています。そうやって先々に向けて行動を起こすのはポジティブといえるでしょう。 ただ、やはり選手はピッチ上のパフォーマンスを示すのが第一。それができれば、年俸は自ずと上がるでしょう。より高額な年俸をもらえるクラブに移籍する道も開けてきます。限られた選手生活でベストを尽くすことを最優先に考えてほしいと思います。 「世界トップリーグと競争できるJリーグを作りたい」というのが野々村チェアマンの切なる願いです。そのためにJリーグ配分金の仕組みを変えてビッグクラブが生まれるように仕向けたり、2026年夏からのシーズン移行に踏み切るなど、大胆なアプローチを続けています。 その成果がマネーの面でも明確に表れれば理想的。元JリーガーでJクラブの社長も経験した強力なリーダーには今後も卓越した手腕を発揮し続けてほしいと強く願います。 元川 悦子(もとかわ・えつこ)/サッカージャーナリスト。1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
元川 悦子