池上彰が映画で世界を解説!『シビル・ウォー アメリカ最後の日』──アメリカで新たな“南北戦争”は起きるのか?
描かれた時代背景や、舞台となる場所の特性、映画に込められたテーマや視点など、知っていると面白さも知識も倍増する、ジャーナリスト池上彰さんならではの映画の見方で映画をご紹介いただきます。(ぴあアプリ「池上彰の 映画で世界がわかる!」より転載) 【全ての画像】『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(全8枚)
題名の「シビル・ウォー」とは内戦のこと。アメリカでは南北戦争のことを指します。南北戦争は1861年から65年まで続き、南北両軍合わせて61万人以上が戦死するという悲惨なものでした。 リンカーン政権が奴隷制度を廃止しようとしていることに反発した南部の州が合衆国を離脱し、南部連合(アメリカ連邦)を結成。これを阻止しようとした北部の合衆国とが戦争に入るものでした。当時のアメリカは34州。このうち南部の11州と北部の23州とが戦争に入ったのです。 北軍のリンカーン大統領は南部にいる黒人たちを味方につけようと、内戦中に「奴隷解放宣言」を発表。南部にいた黒人たちが北軍に馳せ参じ、北軍が勝利。合衆国は再統一されますが、いまもアメリカは南北が敵対した過去の傷跡が残っています。 現在では、IT産業と金融業で栄える州は民主党を支持し、農業主体で時代に取り残されつつある州は共和党を支持するという構造になっています。 現在のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領とハリス副大統領の激しい選挙戦は、アメリカ社会が分断されていることを示しています。新たな“南北戦争”は起きるのでしょうか。 今年5月、アメリカの保守系の世論調査機関「ラスムセン社」が、アメリカが5年以内に内戦に陥る可能性があると答えた有権者は41%という結果を発表しました(「毎日新聞」電子版5月11日)。こんな中で「近未来のアメリカが内戦になった」という想定の映画は、大きな反響を呼びました。 映画の設定は、50の州のうち19の州が連邦から離脱した近未来のアメリカです。アメリカでは、連邦政府の方針に反対し、できれば独立したいと考えるアメリカ国民が、実際に多数存在しますから、ありえない想定ではありません。 映画では、離脱した州のうち、テキサス州とカリフォルニア州の同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられているという想定です。 現在のカリフォルニア州は民主党の牙城で、テキサス州は伝統的に共和党支持者が多い州です。この2つの州が連合を組むということは、現状ではありえませんが、映画では、あえて非現実的な設定にしているのでしょう。そうでないと、映画によってアメリカの分断がさらに進む危機が存在しているからです。 映画の中の大統領は「就任3期目に突入」した設定です。いまのアメリカでは大統領の任期は2期までとなっていますが、トランプ前大統領が大統領に返り咲けば、3期目を目指すかもしれないという半ばジョークがあります。2016年のアメリカ大統領選挙の際、「トランプが当選する」と言うと、半ばジョークと見られていたのですから、ありえないことではありません。 映画では、ニューヨークにいる戦場カメラマンら4人が、大統領単独インタビューを狙ってワシントンを目指します。ニューヨークとワシントンを結ぶ道路は封鎖されているため、4人は大きく迂回してホワイトハウスを目指すのですが……。 アメリカは国民が銃を持つ権利を憲法が保障している国。多くの一般国民が銃を持っていますから、各地に武装した自警団が誕生し、悲惨な殺し合いが始まっていました。 内戦が激しくなると、誰が味方で誰が敵かわからなくなります。アメリカは、かつてイラクを攻撃し、フセイン政権崩壊後、悲惨な内戦状態に陥ったことがあります。近未来のアメリカ人は、これを味わうのです。 映画の設定は、絵空事で終わってほしい。映画を観ながら痛切に思ってしまうのです。 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 10月4日(金)公開 ■池上 彰(いけがみ・あきら) プロフィール 1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。