おしゃべりキャラが多すぎる『デッドプール&ウルヴァリン』に字幕翻訳者も一苦労?「早すぎて読めない!と迷惑になってないといいなあ(笑)」
ついに7月24日(水)に世界最速公開をむかえたマーベル・スタジオ劇場公開最新作『デッドプール&ウルヴァリン』。主人公はおなじみ、不治の病を治療するために受けた人体実験で、自らの容姿と引き換えに不死身の肉体を手に入れた “破天荒なクソ無責任ヒーロー”デッドプールこと、元傭兵のウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)。ヒーロー業を引退し、大切なファミリーと穏やかな日々を過ごしていたのだが、ある日世界の命運をかけた壮大なミッションに挑むことに。助けを求めたのは、驚異的な治癒能力と不死身の肉体を持つウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)。しかし彼には、戦いから遠ざかっていた“ある理由”があった。“混ぜるな危険”の2人は、世界を守ることができるのか? 【写真を見る】本作のヴィランは「X-MEN」でおなじみ、プロフェッサーXの双子の妹!? シリーズではもはや定番となったメタ的発言や下ネタなど、今回も様々なジャンルのジョークがてんこ盛りのR15+指定映画である今作の字幕翻訳を担当したのは、松崎広幸。これまで本シリーズや「X-MEN」「ジョン・ウィック」など、多くのアクション超大作で字幕翻訳、吹替翻訳を手掛けてきた松崎に、字幕製作の難しさや手順、本シリーズならではの苦労など、気になることを聞いてきた。 ■「文化的な違いで理解できないこともあるジョークは、大枠で伝わることが大事」 ――そもそも、映画字幕の翻訳者はどうやったらなれるものなんでしょうか? 松崎「よく聞かれることではあるんですが、この道筋を辿れば字幕翻訳になれるという話はできないんですよね。私はこの仕事を目指していたわけじゃなくて、成り行きでなっちゃったんで…(笑)。 この業界はいろんなところから転向してきた人も多いですね。もちろん語学学校で翻訳を学んで、そこからチャンスを掴むというのもあるでしょう」 ――松崎さんはどういった経緯で翻訳者になられたのですか? 松崎「映画を作るほうで仕事をしようとしていたのですが、なかなかそちらの道にはいけず、映画関係のテレビ番組の製作の仕事をするようになり、そのなかで『外国語が得意みたいだから、吹替の仕事をやらないか』と言われてやるようになり、評判がよかったので、そこからいつのまにか…という感じですね」 ――「デッドプール」「X-MEN」シリーズの翻訳も手掛けられたと思いますが、今作ではそれぞれの作品のテンションを崩さないよう、特別気をつけたことはありましたか? 松崎「ウルヴァリンについていうと、私は『X-MEN』シリーズには途中から参加しまして、ほかの訳者の方が先行して訳したものがあったので、それを崩さないようにしています。デッドプールは、一作目から担当していて、その時はノリの軽いキャラクターだろうなと考えながら気楽なテンションにしました。ちなみに一作目ではデッドプールの一人称は“俺”となっていたのですが、邦訳版のコミックなどで先行して“俺ちゃん”となっていたので、映画でも一部を“俺ちゃん”に差し替えたりしましたね。一作目でとりあえずノリは決まったので、その雰囲気を維持するようにしています」 ――今作は「デッドプール」や「X-MEN」シリーズを本来配給していた20世紀フォックスがディズニーに買収されたあとで誕生したものですが、ディズニー作品になったことによる難しさなどはありましたか? 松崎「そういうことはまったくありませんでしたね。ディズニー作品だから…という注文もなく、前2作通りにやることができました」 ――今作でぜひ注目してほしい翻訳はありますか? 松崎「字幕は1秒あたりの文字数を4文字以下にするというのが基本的な約束事としてあるのですが、今作は(キャラクターがたくさん喋るので)1秒で4文字ではとても収まらないようなところがたくさんあります。なので頑張って4文字に収めたものもあれば、もう4文字以上入れちゃえと詰め込んだところもあります。短いなかでの字数制限と戦いつつ工夫したところがありますので、それをぜひ楽しんでほしい…というわけじゃなく、早すぎて読めない!といった迷惑になってないといいなあと思いますね(笑)」 ――「デッドプール」シリーズは、英文そのままに訳すと日本人にはちょっとわからないようなジョークやスラングがいろいろ出てきますが、そういったセリフに字幕をつけるうえで気をつけていることはありますか? 松崎「ジョークやスラングに限らず翻訳全般に言えることですが、ある言葉を完全な形で別の言葉に変えるということはできません。意味だけじゃなく、ニュアンスなどいろいろな要素がありますので、うまくやれても8割か9割程度が限界です。そのうえでジョークやスラングなどでは、文化的な違いで伝わらないものもありますからね。ある程度、諦めなくてはいけないところもあります。そのため、例えばジョークだったら、それがどんなことを言っているのか、下ネタなのか、ダジャレなのか、芸能人ネタなのか…といったことが、大枠で伝わるのが大事だと考えています。なかなか日本のジョークに置き換えちゃうというのも、収まりが悪いんですよね。なので、先程の『迷惑になってないといいな』という話にも関わりますが、正直なところとりあえず『これで失敗ではないな』という範囲になんとかしています」 ■「英語の知識より、大事なのは日本語力だと思います」 ――先程の話題にも出ましたが、字幕の文字数に制限があるなかで、特に重視していることはなにかありますか? 松崎「まず大事にしているのが“1秒4文字”の原則に囚われすぎないことですね。今作ではものによっては1秒に8文字使っているところもあります。翻訳者によって考え方はいろいろありますが、私は多少はみ出ても情報を多く入れたほうがいいと思っています。また、もう一つの制限として1つの画面に1行で大体14文字、それが2行で大体24文字というものがあります。その字幕の切り方を工夫して、間のあるセリフに先のセリフのところには入り切らなかった字幕を組み込むことで違和感なく読めるようにしたりすることもあります。もちろん違和感が出てしまうこともあります。2人が喋るシーンでも、組み合わせて1つの字幕にしちゃうなんてこともあります。どこからどこまでを1枚の字幕にするのかという見極めも、字幕翻訳では重要になりますね」 ――ちなみにそういった字幕の割り方の指定は通常どうやって行っているんですか? 松崎「英語の台本上で、翻訳者がここからここまでを1枚の字幕、と指定していますね」 ――字幕翻訳ならではの難しさはどんなものがありますか? 松崎「文字数制限などがあるなかで、どこからどこまでの情報を出すかという取捨選択が難しいですね。例えば“いつ・どこで・だれが・なにを”といった情報のなかで、“どこで”を切っても大丈夫か、“だれが”を切っても話が通じるかなどの見極めが大事となります」 ――吹替もたくさん手掛けられていますが、吹替の翻訳ならではの難しさはどんなものがありますか? 松崎「吹替の場合、同じ1秒でも文字とは違って4文字以上入れても大丈夫なことが多いんですよ。その一方で、画面に写っている口の動きに合わせる必要があります。早口に喋る場面だと20文字くらい突っ込めることもありますが、逆にゆっくり喋っていると4文字すら入らないなんてこともあります。話している途中に笑ったり、口ごもったりすることがあれば、それも反映する必要があります。そのあたりが難しいところですね」 ――吹替の場合は収録の現場に立ち会うこともあるのでしょうか。 松崎「ありますね。吹替は演出の方のものなので、基本的に翻訳を完成させ、打ち合わせをして台本という形にしたら、こちらがあとからなにか言うことはありません。しかし逆に演出側から、違う表現にしてほしいという要望を受けることはありますね」 ――字幕翻訳にかけられる制作期間は、一般的にはどれくらいなのでしょうか? 松崎「もちろん作品によっていろいろなのですが、短い時は1週間で、長くて1か月以上ということもありますね。ただ、1か月以上という時は、その作品につきっきりというわけではなく、一部を訳してチェックして、また時間が開いて一部を訳して…といった断続的な作業になります。長くかかる場合は作品が全体で出来上がっていないなどの都合で、ものによっては公開よりだいぶ前に翻訳は完成したんだけど、もう一回映像を見直してやり直すことになったり、公開直前に完成するなんてこともあります。私はあまり連続もののドラマをやっていないのですが、配信などのスケジュールの都合上、複数の翻訳者で分担してやるというケースもあります」 ――毎週配信、放送になる作品は先の展開を観られずに翻訳することになるんですよね? 松崎「そうですね。それはドラマだけじゃなく映画にも言えることで、例えば最初の作品で、文章の一部としてカタカナの言葉に訳したものが、実は2年後に公開した続編で人名だったことが発覚する、なんてこともあります (笑)」 ――いま伺ってきたなかでも、字幕翻訳は大変難しいということがわかりましたが、これまで関わったなかで一番大変だった翻訳はどんなものでしたか? 松崎「ある作品で、公開日の1週間前くらいに字幕が完成したのですが、そこから公開までの間に本編が作り直されて届き、必死にやり直したんですが、結局公開には間に合わず、劇場では以前のバージョンの字幕がついたなんてことがありましたね。セリフのないところに字幕が出ちゃったりしたんですよ。ソフト版では正しいバージョンになっていますが、その作品のことはいまだに思い出しますね。あとは、吹替の収録の最中に修正版が届いて、そのまま別室で訳したなんてものもありましたね。なんか変なところに字幕が出てる作品を見たら、そういう事情があるんだなと思ってください(笑)」 ――映画が完成していない状態で字幕を作るというのはよくあるんですか? 松崎「最近の映画では結構ありますね。CGが出来上がってないというのもしょっちゅうです。画面でなにが起こっているかは、想像するしかないこともあります。例えば戦闘シーンで『Come on!』とキャラクターが言っているのですが、それが『来い!』なのか『いけ!』なのか『逃げろ』なのかがまったくわからないんです。そうなってしまうと、劇場用の字幕ではちょっと間の抜けた字幕になっちゃうこともあり、ソフト版で直したりもします」 ――翻訳者を目指す人が磨いておくべき能力はなんだと思いますか? 松崎「当然、英語の知識はもちろん大事なのですが、それより大事なのは日本語力だと思います。翻訳の仕事をする時に、ある映画会社で『あなたはおしゃべりですか?』と聞かれました。要するに喋ることで日本語の表現力が磨かれるからそういう質問をされたのでしょう。そして、『脚本を書いたことがあるか』とも聞かれました。私はTVの製作もやっていましたし、学生のころ、自主制作の映画もやっていたので、書けると答えたわけですが、要するに日本語の力を重視しているというわけですね。逆に英語がどれくらいできるかは聞かれませんでしたよ」 取材・文/傭兵ペンギン