「いざというときの森保さんはスゴい」森保一監督56歳の執念…当時の広島関係者が証言「まだ24時間ある」徹夜で仕事「他クラブでは“ぬるさ”を感じた」
「他のクラブでは“ぬるさ”を感じた」
スタッフのひとりはこう振り返る。 「森保さんのいざというときの『勢い』は本当にすごかった。『やるしかないだろう』という腹の括り方がすごい。度胸の使い方を知っているとでも言うんですかね。もしかしたら一緒に働かないと、この迫力はわからないかもしれません」 特に感銘を受けたのが、細部にこだわる執念だったという。 「絶対に失敗できないという思いがあったんでしょう。一晩通して試合を何度も見返して、ああでもない、こうでもないと、ぎりぎりまで分析するんですよ。鬼気迫るものを感じました。 チームのために、考えつくし、やりつくす。のちに他のクラブで働いたときに『ぬるさ』を感じたくらいです。これが日本代表選手として戦い抜いてきた人の基準なんだと思い知らされました」 はたして森保監督自身は、徹夜で分析していたことを覚えているだろうか? 今夏に行ったインタビューで広島時代のエピソードに触れると、森保監督は懐かしそうに笑顔になった。 「DVDが届いてからミーティングまで、24時間ないこともいっぱいありましたからね。いくら時間が限られていても、少しでもいい形でチームに分析を伝えられるように最善を尽くそうと考えていました。 気がついたらクラブハウスで日付が変わっていたことも多かったです。分析に没頭していると時間の経過がわからなくなりますから。すごい努力? 私からしたら努力のうちに入りません。当たり前のことです」
「使ってはいけない言葉かもしれないですけど…」
そういう「24時間戦う」スタイルは、日本代表監督になっても変わっていない。 今年11月上旬の日本代表メンバー発表記者会見で「選手や監督自身の睡眠」について質問すると、森保はこう答えた。 「現代では使ってはいけない言葉かもしれないですけど、私自身は睡眠を取らずとも、24時間サッカーのために、24時間戦うっていう気持ちでいます。ただ、心身ともにリフレッシュしなければいい判断をできないということも、これまでの経験でわかっている。私自身は日本国内で活動させて頂いていますが、ヨーロッパでプレーしている選手が多いので、ヨーロッパ時間で仕事をする日も多い。休むところは休んで仕事をしています」 ヨーロッパの主要リーグでプレーしている日本人選手は80人以上と言われており、コーチたちと手分けをしても試合をチェックするには長い時間を要する。週末はJリーグ視察後に日本時間の深夜までヨーロッパの試合をライブ視聴し、週明けは朝から晩まで部屋にこもって何試合もチェックする。自分の時間より、チームの時間。 そのひたむきさと執念は、選手たちにも届いているはずだ。日本代表の活動時に話をすれば、試合をどこまで細かく見ているかすぐにわかる。 森保監督は自らの振る舞いで「チームファーストの姿勢」を示し、高い基準をつくり上げるタイプの指揮官である。 <続く> 【「誰も知らない森保一」連載の一覧リストはこちらから】 森保一(もりやす・はじめ) 1968年8月23日、静岡県生まれ。長崎県出身。1987年に長崎日大高を卒業後、マツダサッカークラブ(現・サンフレッチェ広島)に入団する。現役時代は、広島、仙台などで活躍し、代表通算35試合出場。1993年10月にドーハの悲劇を経験。2003年に現役引退後、広島の監督として3度のJ1制覇。2018年ロシアW杯ではコーチを務め、2021年東京五輪では日本を4位に、2022年カタールW杯ではベスト16に導いた
(「誰も知らない森保一」木崎伸也 = 文)
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