「わっ、AE86の再来か!」と熱狂するも蓋を開けたら期待はずれ……「アルテッツァ」は何がダメだったのか?
往年のFRスポーツ「アルテッツァ」を振り返る
今、猛烈な勢いがある自動車メーカー、トヨタには、鳴り物入りで登場したものの、広く一般的な評価を得られず、1代限りで消滅した不遇のクルマがある。その1台が、1998年に登場し、2005年に生産終了となったコンパクトFRスポーツセダンを基本とした、1998-1999年日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したアルテッツアだ(後にワゴン版のアルテッツア・ジータも追加)。スバル・レガシィやマツダ・ロードスターを退けての受賞であった。 【画像】2001年に追加されたワゴンモデル「アルテッツァジータ」の内外装などを見る トヨタには、今でも伝説の1台とされるAE86型のレビン・トレノ(1983~1987年)という、当時の走り屋、ドリフト族を熱狂させ、漫画「頭文字D」の主人公の愛車としても登場した、車重900kg台のスポーツモデル(全長4180~4215×全幅1625×全高1335mm、ホイールベース2400mm)が存在したが、同じくFRレイアウトを持つアルテッツアは、「その再来か!?」と期待されたものだった。 基本となるセダンタイプのスペックは、全長4400×全幅1720~1725×全高1410mm、ホイールベース2670mm。車重は1300~1540kgであった。フロントミッドに搭載されるエンジンはAS200の1G-FE型2リッター直6(160馬力、20.4kg-m。6速MT/4速AT)、RS200の3S-GE型2リッター直4、200馬力、22.0kg-m(5速AT)、210馬力、22.0kg-m(6速MT)、そして2JZ-GE型3リッター直6も用意され、ミッションはステアシフトマチック付き5速AT、4速ATと6速MTが用意され、サスペンションは贅沢にも前後ダブルウイッシュボーンである。ちなみにRS200の3S-GE型エンジンはハイオク仕様だった。 そもそもアルテッツアの基本部分は、当時まだ日本で販売されていなかったレクサスの海外向けレクサスIS=コンパクトFRスポーツセダンのために開発、つまりドイツのBMW3シリーズやメルセデス・ベンツCクラスと戦うための世界戦略車として位置づけられたモデル。欧州や北米で勝負するため、当然、欧米の基準に合致した高いボディ剛性や安全性能が求められる。そのため、AE86と比較すれば、300kg以上重いクルマになってしまったのである。