ランボルギーニ「イスレロ」は、かつてル・マンに出場する予定だった!?…V12をフロントに搭載する「2+2 クーペ」のランボの評価はいかに?
イタリアからイギリスへ。ボディカラーはロッソコルサに
今回ボナムズ・オークションに登場したのは、VINナンバー6318。イスレロSがデビューする直前に作られたクルマである。ノーマルとして作られたイスレロ125台のうち、104台目のモデルだ。元来トゥーリングが請け負っていたボディ製造を、元トゥーリングの職人を受け入れたマリオ・マラッツィがそのデザインと製造を行い、この6318は1968年10月10日に、マラッツィからランボルギーニに納品されたものだ。外装はアルジェント・シルバー、内装にはタバコレザーと呼ばれる薄めの茶色の本革が使われたカラー・コンビネーションで、これは現在も当時のままのカラースキームである。 1968年11月11日に車両は完成し、ほどなくミラノのコンセッショナリー・オート・エリートに納入された。それからわずかの後に最初のオーナーに売却された。高級避暑地として有名なコモに住むオーナーは、「CO 288540」としてこのクルマを登録し、以来6年間所有していた。 1975年7月、このクルマは母国イタリアを離れ、イギリスに輸出される。「CO 288540」から今度はイギリスのナンバー「JYP16N」が付けられ、新たな所有者はジョン・ヘンリー・ルイス。1980年8月1日には同じイギリス国内で、ジョン・セオドア・バーンズに売却された。そして1982年、バーンズはブリストルにあるラッセル・グローブ・ガレージにおいて、ドライブトレインのリビルトと、外装の全塗装を行った。新たなカラーリングはロッソコルサである。 しかし、そのわずか2年後、クルマはイスレロの愛好家として知られる、アメリカのジョン・イヤーズリーに売却され、クルマはイギリスからアメリカ、デラウェア州に渡ることになった。そして6318はここで16年間の時を過ごし、2000年に西海岸に移り、ここで再び大改修を受ける。
レストア後にオリジナルのカラースキームに
2011年から2012年にかけて行われたレストア作業では、キャブレター、ウォーターポンプ、シリンダーヘッドのリビルド。その際新しいバルブとガイドが取り付けられた。ブレーキ関連はキャリパーがリビルドされた以外、すべて新品パーツが取り付けられ、サスペンションはコニ・ショックがリビルドされたほか、ボールジョイントとブッシュ類が交換された。同時に外装色もロッソコルサからオリジナルのアルジェントシルバーに戻されている。そして2012年のコンコルソ・イタリアーノで、クラス3位の栄冠を獲得した。 2017年に再び売却され、オーナーによって新たにパワーステアリングが装備される。そして現在の所有者は機械的には問題なく、ドライブも楽しいというが、全くフールプルーフを心配することなくドライブするには、あまりに古くなったということで売却を決意したようである。 エスティメート(予想落札価格)は2024年8月のカーメルクエィルオークションに出品された時点で19万~25万ドル(邦貨換算約3705万円~4874万円)とされていた。実際には落札されぬまま終わってしまった。
中村孝仁
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