90億人の大移動その陰で“帰りたくても帰れない” もうひとつの春節
■5歳の愛娘を田舎に残し“帰りたくても帰れない”
春節の北京のオフィス街は、街ゆく人の姿もまばらだ。そんななか、気温マイナス7度の寒空のもと、ビルの地下通路で注文の電話を待つ女性がいた。 『きょうは元日なので、注文がなかなか入らないの』と寂しそうに話すのは、河南省から北京に出稼ぎに来ている40代の宋さん(仮名)。半年前からフードデリバリーの仕事に就いている。 5歳の娘と母親を故郷に残し、寝る間も惜しんで働いている。コロナ禍で経営していた服飾店が倒産し、多額の借金を背負ったという。 1件のデリバリーにつき、手当は8元(日本円で約160円)と決して高額とは言えない。それでも春節の時期は1日300元(日本円で約6000円)の臨時ボーナスが入るといい、少しでも稼いで、借金を返済したいという。 物価の高い、首都・北京での生活。ピンキリだが、北京の中心地から外れた古い賃貸住宅であっても、最低でも1LDKで日本円で12万円ほどの賃貸料がかかるなか、彼女が住むのは、日本円で約2万円の賃貸マンション。夫婦2人で住むには狭すぎるという。 春節当日は、家族で外食する人が多かったのだろうか。普段は50件以上注文が入るというが、この日は、昼を過ぎてもわずか3件だ。
節約のため、毎日の昼食は地下の大衆食堂で240円で済ませる。少し頑張ったときは、自分へのご褒美に300円のランチにするという。この日、宋さんが立ちながら口にしていたのは、魚肉ソーセージと中華まんだった。 ドライバー業界はまだまだ男性社会だという。フードデリバリーに比べ、衣服や電化製品など重量のある荷物を持ち運べる男性のほうが需要があるといい、重量次第で1件あたりの配送単価も高くなってくるという。 宋さんが配送の注文を待っていると、宋さんと同じ格好をした男性が話かけてきた。宋さんの夫もフードデリバリーの職に就いているという。 夫『2年間で頑張らないと。子どもも大きくなっちゃうし。踏ん張り時だ』宋さん『今はどんなことも上手くいかない。どんな状況も我慢して働くしか人生の選択はない。娘に会いたくないわけがない』 すべてはふるさとに残した5歳の娘のため。その日を暮らすのが“やっと”だが、春節も毎日、夫婦で配達を続けていた。 人口14億人の中国で、日雇い労働者は約3億人といわれている。 過去最大90億人の大移動とされた春節の陰に隠れた“もうひとつの春節”を垣間見た。