「うなぎパイ」の春華堂がイチゴ自動栽培システムを導入するワケ
イチゴの完全自動栽培ソリューションを開発しているスタートアップHarvestXは、11月8日、イチゴ自動栽培システム「HarvestX」が浜松の代表的銘菓「うなぎパイ」で知られる春華堂への導入が決まったと発表。浜松市のスタートアップ支援施設「FUSE」と、同社のパイロットプラント「浜松ファーム」で記者会見を行った。同社製品の商業利用第一号となる。 【この記事に関する別の画像を見る】 イチゴ自動栽培システム「HarvestX」は、春華堂が浜松市浜名区で運営している「食育」と「職育」をテーマにした「浜北スイーツ・コミュニティ nicoe(ニコエ)」に新規導入される。 一般の人も窓の外からロボットが動作している様子などを見学できるようになる予定で、生産されたイチゴはケーキなどに加工したり、そのまま提供するなどして使用する。イチゴの目標生産数は年間700kgで、4月以降に提供予定。自動栽培システムを活用することで季節に関わらず、いつでも高品質なイチゴを使った商品を製造販売できるようになる。 ■ AIとロボットで豊かな農業を継続 HarvestXは、人工光型植物工場で、イチゴなど授粉を必要とする果菜類の完全自動栽培を目指す2020年創業の東京大学発スタートアップ。AIとロボティクスを活用したソリューション「HarvestX」で「管理」と「授粉」、そして2025年には「収穫」の自動化を目指している。従業員数は24名。 代表取締役の市川友貴氏は「未来の世代に、豊かな食を。」という同社が掲げるミッションを紹介し、AIやロボティクスを使うことで持続的な農業支援を提供していきたいと語った。同社はイチゴの苗や資材、設備、そして自動化・生産管理システムまで一気通貫して提供している。イチゴ栽培の知見がない事業者にもトータルパッケージで提供できるという。 HarvestXは5月に浜松市、浜松いわた信用金庫のサポートで同市内にパイロットプラント「浜松ファーム」を開設している。「浜松ファーム」の広さは約400m2。完全自動授粉ロボット、栽培設備・養液供給装置、生産管理システムから構成されている。 システムを提供している顧客と同じ環境で実際に生産を行なっており、最大で年間約5,400kgの生産能力を持つ。同社はここを足掛かりとして植物工場事業者や新たにイチゴ植物工場の運営を検討する企業に訴求している。 授粉ロボット「XV3」は、磁気テープを使って工場内を走行するAGV「XV3 Cart」と、データ収集用センサーや授粉用アームを搭載した「XV3 Unit」の二つで構成されており、ニーズに合わせて構成を機能拡張・変更できる。イチゴ以外の果菜類への応用も想定しており、ハードウェアを大規模に変えることなく自動化を進めることが可能だという。 ロボットはカメラでまずイチゴの花がどの位置・状態にあるかを認識し、アームは耳かきのような専用アタッチメントを一定周波数で動かすことで授粉させる。アタッチメントの素材は非公開。 なお、栽培用のラックや養液装置など生産設備自体は売り切りだが、生産管理のソフトウェアやロボットに関してはレンタルとなる。ロボットを使うことで授粉をいつ行なったかはログが残るので、授粉から3~4週間後の収量予測精度は、従来よりも高くなるという。実際の予測精度の数字は来年以降に出していく。同社への問い合わせは非常に多く、そのうち半分が海外とのこと。 市川氏は「ようやく正式に提供できることは感慨深い。第一号として春華堂さんに導入させていただく。春華堂さんは地域の方ももちろんだが、うなぎパイファクトリーなどにお子さんや観光客の方もすごく呼び込まれている。そういう場に我々のシステムがあることで色んな方に知ってもらえる。いちご栽培の新しい方法が現実的にできている、それを見て頂けることがとても嬉しい」と語った。 ■ 世界初の商業ロボット授粉ファームを春華堂が導入したわけ 春華堂は「うなぎパイ」で知られる1887年創業の老舗菓子メーカー。1961年に発売された「浜名湖名産・夜のお菓子 うなぎパイ」は誰もが知っている浜松銘菓だ。現社長の山崎貴裕氏は4代目。同社は現在、うなぎパイのほか、和菓子、洋菓子にも力を入れている。 2005年にはうなぎパイの工場見学ができる「うなぎパイファクトリー」を、2014年には子供の「食育」と「職育」をテーマとした 「浜北スイーツ・コミュニティ nicoe(ニコエ)」、2021年4月からは本社機能を持つ複合施設「SWEETS BANK(スイーツバンク)」を浜松の新たな観光名所として運営している。6次産業「あわ栽培プロジェクト」など生産者と共に取り組む事業にも参画している。 山崎氏は「2014年の『nicoe』開業以降、地域の生産者とも関わる機会が増えてきた。一次産業で安定した生産ができるからこそ、お菓子が作れる。菓子屋としてできることはないかと考え、『次世代いちごファーム』導入に至った」と背景を紹介した。 イチゴは男女ともに好きな果物とされている。だがイチゴ流通量には季節変動もある。夏にはイチゴはあまり穫れず、形も不揃いで味もよくない。また、従来のミツバチを使うイチゴ栽培にはかたちが悪いものが発生したり、病気を媒介することもある。また温暖化により従来の栽培方法でリスクが高くなっている。 いっぽう、今回「nicoe」に導入されるHarvestXのロボット授粉ファームは病気が発生しにくく、環境変動を受けにくいメリットが期待できる。「一年を通して変わらないおいしい味のイチゴが提供できることはスイーツ業界にとって大きな一歩だ」と述べた。 春華堂では、いちごを3粒使った「咲クレール」という商品を展開しており、これは年間11万本販売する人気商品だという。今回栽培されるイチゴも、まずは「咲クレール」用に展開する予定。その後、様々なお菓子への展開も期待していく。導入コストは非開示。 山崎氏は今回の取り組みについて「ロボットを使った農業に興味があったし、きっとこういう技術が一次産業を大きく牽引するんだろうと思った。こんなお菓子ができた、こんなケーキができたらなということにも挑戦していきたい。どういう形でお客様にアプローチするかは我々の腕の見せ所でもある」と語った。 ■ 浜松市、地元信用金庫も全面支援 HarvestXの市川氏は浜松市出身。浜松市では、市が認定するベンチャーキャピタルおよび金融機関による出資等資金調達の活性化を通じて、市内スタートアップの成長を図る「ファンドサポート事業」を実施している。 浜松ファームは、2023年9月の浜松いわた信用金庫「やらまいかファンド」からの出資、そして2023年12月に浜松市「ファンドサポート事業」への採択を経て、今回の春華堂での商業導入に至った。会見には浜松市 市長の中野祐介氏、浜松いわた信用金庫 理事長の髙栁裕久氏らも出席した。 市長の中野祐介氏は、「浜松ファーム」について、「浜松市出身の市川代表がスタートアップ支援策を使って、かつ、春華堂さんと組んで地域の新しい活力を巻き起こそうとしているのは大変嬉しい。革新的な授粉技術は産業イノベーション構想とも合致するし、地場産業とも親和性が高い。世界的な企業も元をただせば町工場。浜松は町工場が大きく成長していくエコシステムが形成されている地域だ。浜松から世界に向けてさらに成長してほしい」と述べた。 浜松いわた信用金庫 理事長 高栁裕久氏は、2022年5月から始まった「浜松ファーム」立ち上げ支援の取り組みを紹介した。もともとは市川氏が浜松の実家に帰省したときに、インキュベーション施設「FUSE」を見学したことがきっかけ。そこから大規模実証用パイロットプラントの建設相談があり、信金では誘致に向けた伴走型支援を開始。駅近に賃貸スペースを確保し、2024年5月に完成となった。 その間に、地域信金のネットワークを使ってイチゴに関する問題への調査や実際のニーズ調査なども並行して実施。信金側でもイチゴの需給状況に危機感を持ったことから資金面でもHarvestXを支援するために出資等を行なった。春華堂との引き合わせも、浜松いわた信用金庫が行なった。高栁氏は「浜松市のエコシステム醸成に引き続き取り組んでいきたい」と語った。
Impress Watch,森山 和道