前原滉「養成所時代は窓際族。道が拓けた転機はヒッチハイクだった」
自分を印象づけるために突拍子もない行動をとった
これを機に、養成所での前原の行動は、誰の目から見ても180度変わった。 言われたことだけを淡々と“こなしていた”青年は、どうすれば自分を印象づけられるかを考え、大胆に行動するようになったのだ。 「青年の役なのに、おじいちゃんの衣装やメイクをして演じたり、台本に書いていないことをやったりと、けっこう突拍子もないこと、していましたね。 それまでは失敗して笑われるのが怖くて無難なことに逃げていたけれど、どうせなら、振り切ったことをして周りに笑ってもらい、楽しんでもらったほうがいい。 そう考えるようになったんですよね。そうしたら、自分自身も楽しくなってきたし、周りの反応が全然違ってきました」 当時は養成所から事務所の所属になるには、オーディションに合格する必要があった。養成所の生徒から何名かが選抜され、事務所のマネージャーたちの前で芝居をし、目に留まれば所属が決まるという流れだ。 どうすれば、オーディションの声がかかるか、マネージャーの目に留まるか。前原は、それを意識し、戦略を練るようになった。 「そんなことをしなくても誰かに見つけてもらえるような特別な人間でありたいと思っていたんですけどね。 それこそ、(今作『ありきたりな言葉じゃなくて』主人公の)拓也みたいに。……自分が特別じゃないことに気づけたのが早かったのは、ラッキーでした。 今振り返ると、ヒッチハイクでの出会いにしても、デビュー後にいただいたいろんな役にしても、僕は運に恵まれていたと思います。 事務所に所属できたのだって、僕の実力が抜きん出ていたわけじゃなく、運もあったと思うんですよ。何かひとつでも違っていたら、僕ではない誰かが所属になっていたんだろうなって」
奇しくも、今回主演した映画『ありきたりな言葉じゃなくて』の展開は、前原のその言葉がしっくりと当てはまる。 些細に思えるようなことが引き金となり、人生が大きく変わってしまうことは、珍しくはない。そして、気持ちや行動の転換を後押しするのは、周囲の人々のやさしさや温かさであることも。 「きっと僕が知らないところで、いろんな人たちが僕のことを後押ししてくれたり、助けてくれたりしていたんだろうなと思うんです。すごく感謝していますし、自分も誰かを、そんなふうに後押ししたり、力になれたらいいなと思っています」 そう言った後、「でも、キャラじゃないんですよね」と言って、照れくさそうに前原は笑う。 「話しかけやすいのか、けっこう後輩から相談されるんですけど、どんな言葉をかければいいかわからないんですよ。僕自身、人に相談することってほとんどないので、相談のされかた自体わからないというか(苦笑)。 たまにアドバイスめいたこと言ったりするんですけど、『いやいや、お前がそんな偉そうなこと言えるか⁉』って、自分で自分に突っ込みをいれちゃうんです。 このインタビューも、答えながら『オレ、そんなこと言って恥ずくないか⁉』って思っているくらいですから(笑)」 肩に力が入ることなく、常に自然体で、ふんわりと周りを包み込む前原の雰囲気。だからこそ、どんな役を演じても、観る者に「いるいる、こういう人」と思わせるのだろう。 何者でもない何か。俳優、前原滉は確実にその道を見つけ、歩んでいる。 『ありきたりな言葉じゃなくて』 町中華を営む両親と同居し、ワイドショーの構成作家としてナレーション原稿の執筆に奔走する32歳の藤田拓也。鬱々とした日々のなか、先輩脚本家の推薦で念願の脚本家デビューが決まり、有頂天になった拓也の前にひとりの女性が現れて……。偶然の出会いによってもたらされた“予期せぬ人生のつまずき”、アラサーという青春から微妙な距離にいるからこその男女の葛藤とあがきを描いたヒューマンドラマは切なくも、心に染み入る。 渡邉崇監督による書き下ろし小説も発売中。映画とは異なる、拓也、りえ、京子、猪山、4人の視点で物語が進行していく。 出演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太ほか 脚本・監督:渡邉崇 原案・脚本:栗田智也 2024年12月20日(金)より全国にて公開 前原滉/Kou Maehara 1992年宮城県生まれ。高校卒業後、現在所属するトライストーン・エンタテイメントの俳優養成所に入所し、2015年にデビュー。映画『あゝ、荒野』『彼女未来』『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』や、ドラマ『あなたの番です』『らんまん』など話題作に多数出演。
TEXT=村上早苗 PHOTOGRAPH=倭田宏樹