閉ざされた北方領土交渉 平均88.5歳の元島民試練 「命あるうち返還困難か」
元島民たちは「四島返還」の枠組みが崩れることへの懸念を示しつつ、首脳同士の個人的関係も含めた交渉進展に大きな期待感を抱いた。前述の国後島元島民の脇さんは、政府への要請活動を通じて複数回にわたり当時の安倍首相と対話した経験から「安倍さんの北方領土問題解に対する思い入れは相当大きかった」と振り返る。 ただ、ウクライナ侵攻前から、対ロ交渉が行き詰まっていたのも事実だ。プーチン大統領は18年12月には、平和条約締結後に北方領土に米軍が展開する可能性への懸念を示唆。ロシア側は、北方領土は第2次世界大戦の結果によりロシアが合法的に獲得した、と認める必要性を改めて指摘した。20年7月には憲法改正により、領土の割譲禁止を明記。ロシアに対する譲歩を見せた上、得るものが少なかった安倍政権の対ロ外交について「失敗だった」とする指摘もみられた。こうした動きなどを踏まえ、安倍政権を引き継いだ菅義偉首相(当時)、岸田首相は、ロシアとの交渉に積極的な態度を見せなくなっていた。
入国禁止、 灯台に国旗・・相次ぐけん制
ウクライナ侵攻後、ロシアは交渉の停止だけでなく、北方領土に絡み目に見えるけん制も続けている。2022年5月には岸田首相ら政府関係者や北方領土返還運動関係者らを入国禁止とし、23年4月には千島連盟を「好ましくない組織」に指定した。 北海道最東端の納沙布岬沖3.7キロ、肉眼でその姿を確認できる歯舞群島・貝殻島では、「実効支配を誇示」(元島民関係者)する動きもあった。23年夏、ロシア側が日本の領有権を無視するかのように、日本人が建てた灯台で国旗掲揚や壁面の色の塗りなおし、ロシア正教会の十字架設置などを行った。 関係者にとって深刻なのは、北方四島への渡航が事実上できなくなっていることだ。ロシア側は「ビザなし交流」と「自由訪問」の政府間合意の効力を停止。人道的観点から枠組みを残している「北方領土墓参」も、元島民が多く加入する千島連盟を「好ましくない組織」に指定したことで、ハードルを高めた。 特に墓参は、中断を経ながら60年前から続いてきただけに元島民の落胆は大きい。22年からは船上から島に手を合わせる「洋上慰霊」で我慢をせざるを得なくなっている。