「長男が世界ダウン症水泳大会で日本男子初の銅メダルを獲得」金子エミ 6年間で14万キロの道のりを送迎して支えた日々
2022年のポルトガル大会では全レースで決勝に残ったのですが、狙っていたメダルには届かなくて、悔しい思いをしたんだと思います。本人のモチベーションが下がってしまって、「やめたい」と言い出したんです。夜中に部屋から声がすると思ったら、ひとりでマイクを持って引退会見をしていたこともありました。このときは、夫にも「もうやめさせよう」と言われたのですが、私には「もう少し頑張れば、絶対にメダルがとれる」という確信がありました。
それからの2年間は、本人の意思というよりは、私が「今やめたらもったいないよ」と言い続けてやらせた感があります。カイトは素直に私の励ましを聞いて、頑張ってくれました。
■夢だったメダルを手にして、次の目標へ ── 2024年の世界大会で、50メートル背泳ぎで銅メダルに輝きました。 金子さん:ほんとうに嬉しかったですね。涙が出ました。子どものことで泣いたのは、次男が国立の小学校に合格したときと、今回カイトがメダルをとったときですね。
13歳のときから「いつかは世界大会でメダルをとりたい」という目標に向かって、カイトは毎日3500~7000メートルを泳いできました。私も、都内の自宅からプールのある上尾や習志野まで送迎を続けてきましたし、練習量に合わせて食事を調整したり、ときには一緒にプールに入って泳ぎを指導したりしてきました。 先日、車が故障して買い替えることにしたんですけど、6年間で14万キロの距離を走ったんです。それだけの距離を送迎したんだな、この車がメダルをとらせてくれたんだな、と思うと寂しくなりましたね。
── 次の目標はありますか。 金子さん:2026年にアジア大会が名古屋で開催されると伝えたら、カイトは「最高~!」と言っていました。名古屋に住んでいる父親や祖父母の前で泳げたら、と思っているのかもしれません。私としては今回の大会を最後に引退すると思っていましたし、カイトにも「これが最後だね」と伝えていました。でも、最後のレースの前に「これが最後だから、気持ちよく泳いでおいで」と送り出したら、本人は「やめるなんて言ってない」と言うんですよ。大会が終わって、今カイトはやる気まんまんで、ちょっと困っています(笑)。