大統領夫人の「オッパ」が決定打、韓国民意の堤防が決壊…残るは与野党合意の特検のみ
[ソン・ハニョン先任記者の政治舞台裏]
ミョン・テギュン氏が尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領夫人のキム・ゴンヒ女史と過去にやりとりしたカカオトークのメッセージを10月15日に公開し、政界は大騒ぎになりました。 「分別なく騒ぐうちのオッパ(お兄さん)、許してください」 「無知だと、ああなるものです」 「私がミョン先生に完全に頼っている状況で、オッパは理解できていないんです。自分が何を知っているんだか」 ミョン・テギュン氏のメッセージ公開直後、龍山(ヨンサン)の大統領室の関係者はあたふたと次のような立場を表明しました。 「ミョン・テギュンのカカオトークに登場したオッパとは、大統領ではなくキム・ゴンヒ女史の実兄であり、当時のメッセージは大統領の入党前に私的に交わした会話に過ぎない。大統領夫妻と6カ月間毎日スピーカーフォンで通話したというのは根拠のない主張だ」 大統領室の関係者が表明した立場は、大統領室の関係者個人の意見ではなく、大統領室内部の調整と手続きを経たものです。 大統領室の迅速な釈明にもかかわらず、「うちのオッパ」とは尹錫悦大統領のことだとの疑惑は簡単には収まりませんでした。さらに、メッセージを公開したミョン・テギュン氏が、オッパとは「キム・ゴンヒ女史の実の兄である」ことを認めたと報道されたにもかかわらず、多くの人が信じていない雰囲気です。なぜでしょうか。2つの理由があります。 まず、尹錫悦大統領とキム・ゴンヒ女史を擁護する人々が初期に「キム・ゴンヒ女史は尹錫悦大統領をオッパとは呼ばない」と誤った釈明をしたからです。チャン・イェチャン元最高委員も10月16日のCBS「キム・ヒョンジョンのニュースショー」に出演し、「私はそう呼称するのは聞いたことがない」と言っています。 しかし、キム・ゴンヒ女史が尹錫悦大統領をオッパと呼んでいるのを聞いたり見たりした人は多く存在します。イ・ジュンソク元代表は10月17日のMBC「キム・ジョンベの視線集中」に出演し、自身は直に聞いたと述べています。 尹錫悦大統領夫妻に近い与党議員も10月15日の昼、記者団に対して「大統領夫人が大統領のことをうちのオッパと言うのを、私は非常によく聞いた」と語っています。 そんな中、大統領室の高官は、ハン・ドンフン代表が要求した「キム・ゴンヒ・ライン(キム女史の関係者たち)」の刷新に対して、「最終人事決定権者は大統領であり、大統領室に『陰の実力者』の運営組織はない」と、あまりにも見え透いたうそをつきました。初期に誤った内容やうそで釈明すると、その後に続く釈明全体の信頼度は落ちるものです。 ■『キム・ゴンヒ語録』の強烈な既視感 二つ目に、尹錫悦大統領に対してキム・ゴンヒ女史が過去に放った「暴言」を思い出させたからです。 キム・ゴンヒ女史は大統領選挙前の「ソウルの声」の記者との通話で、かなり多くの「語録」を残しました。その中で夫をひどく軽蔑する表現を用い、「ガールクラッシュ(本音をストレートに表現する媚びない力強さがある姿)」だとされて、むしろ喝采された内容がありました。2023年2月に東亜日報のキム・スンドク記者が紹介して有名になったものです。 「うちの夫はバカだ。私が全部面倒を見てあげないと何もできない人で、あの人は完全にバカだ」 「(夫が)バカでも言うことを聞くから私が一緒に暮らしているのであって、あんな人と誰が一緒に暮らす? 人がいいわけでもなし、力が強いわけでもなし、お腹は出てるし、いびきはかくし、食い意地は張ってるし、所かまわずおならはするし…。あなただったら一緒に暮らせますか?」 時の流れと共に具体的な表現の多くは忘れ去られていきましたが、あの時の刺激は人々の脳裏に焼き付いています。今回の会話録に出てくる「分別なく騒ぐ」、「無知だと」、「自分は何を知っているんだか」という刺激的な表現を見て、人々がたやすく「うちのオッパ」とは尹錫悦大統領のことだと断定した理由はここにあります。 とにもかくにも、ミョン・テギュン氏の暴露をきっかけに、政局はキム・ゴンヒ女史を中心に回りはじめました。人々の胸の中にある何かに触れてしまったからです。「うちのオッパ」とは誰なのか、事実関係は重要ではなくなってしまいました。 10月16日にはソウル市教育監、釜山金井(プサン・クムジョン)区長、仁川江華(インチョン・クァンファ)郡守、全羅南道の霊光(ヨングァン)郡守と谷城(コクソン)郡守を選出する再補欠選挙が行われました。しかし、メディアの関心事は再補欠選挙ではなく、キム・ゴンヒ女史でした。 嶺南大学のキム・ヨンス教授(政治学)は10月16日付の「朝鮮コラム」に、「国か、妻か」と題するコラムを書いています。 「キム・ゴンヒ女史の不適切な振る舞いが国を揺さぶっている。国民の忍耐は限界に達した。尹錫悦大統領は国と妻のどちらかを選ばなければならない。時間はあまりない」 東亜日報と中央日報に続き、朝鮮日報もキム・ゴンヒ女史の司法処理不可避論に加勢したのです。10月17日付の朝刊にも、キム・ゴンヒ女史についてのコラムが複数掲載されています。 「野党はさらに強化した『キム・ゴンヒ特検法』を突きつけるだろうし、尹大統領がまたも拒否権で立ち向かえば保守層もこれ以上は我慢できないだろう。傾国の美女(傾城傾国)といえばキム女史は満足するかもしれないが、大統領夫人一人を守るために国を動揺させてはならない」(東亜日報、キム・スンドクのコラム) 「国民はいつまで女史のこのような振る舞いにストレスを感じなければならないのか。大統領室が二流、三流たちに翻弄された場面を目撃しつつ汚水を一緒にかぶってしまったように感じる」(朝鮮日報、キム・チャンギュンのコラム) 「尹大統領、国と夫人の間で決断すべき時だ」(中央日報、カン・チャンホの視線) 「女史問題の前で虚しくなった『公正と常識』」(中央日報、イ・ヒョンサン中央時評) 10月18日付の新聞でも続きます。 「再・補欠選挙後の尹・ハン会談、『キム・ゴンヒ問題決断すべき』(京郷新聞社説) 「大統領、夫人問題で悲壮な決断下すべき」(中央日報、キム・ジョンハの時々刻々) 「尹大統領、最後の決断だけが残った」(韓国日報、イ・ジュンヒのコラム) ここまで来たら堤防が決壊したと考えるべきです。民意の支持を背景にした与党「国民の力」のハン・ドンフン代表は、10月17日朝の最高委員会で「決意の発言」をおこなっています。 「第一に、キム女史に関連する大統領室の人的刷新、絶対に、そして早急に必要だ。人的刷新は、必ずしも何らかの過ちに対応して行うものではなく、よい政治、民意のための政治のために、必要な時に果敢に行うものだ。今がその時だ。第二に、キム女史は大統領選挙時に約束した通り、対外活動を中止すべきだ。第三に、さらに提起される疑惑について率直に説明するとともに、疑惑を糾明するために必要な手続きがあれば、積極的に協力すべきだ」 ■尹大統領とハン代表の見方の差 ハン・ドンフン代表がキム・ゴンヒ女史を正面から標的にして攻撃をかけたまさにその日、民主党は3度目のキム・ゴンヒ特検法案を提出しました。そしてまさにその日、ソウル中央地検は、キム・ゴンヒ女史はドイツモーターズ株価操作に関与していないとする捜査結果を発表し、嫌疑なしとしました。実に絶妙なタイミングです。 ハン・ドンフン代表の要求事項は、3つ目の「疑惑を糾明するための必要な手続き」が肝になると思います。検察がキム・ゴンヒ女史を嫌疑なしとしたため、「疑惑を糾明するための必要な手続き」は特検とならざるを得ません。 キム・ゴンヒ政局は今後どう展開していくのでしょうか。2度の峠があります。 まず、今月21日に予定されている尹錫悦大統領とハン・ドンフン代表の会談です。 キム・ゴンヒ女史についての両者の見方には、天と地ほどの差があります。ハン・ドンフン代表に対する尹錫悦大統領の怒りも消えていません。こうした状態で、両者は果たしてキム・ゴンヒ女史をどう「処理」するのか。収拾案は出せるのでしょうか。また、その収拾案を果たして国民は受け入れるでしょうか。 理論的には、ハン・ドンフン代表が尹錫悦大統領を説得して、国民の力がキム・ゴンヒ女史特検法を提出するという案があります。国民の力が民主党とキム・ゴンヒ女史特検法の内容について交渉し、与野党の合意の下で特検法を可決するのです。 もちろん、尹錫悦大統領とキム・ゴンヒ女史の同意と受け入れが必要でしょう。与野党の合意で特検法が貫徹されるなら、民主党も妥協を拒む理由はありません。 繰り返しになりますが、臨界点を超えた国民の怒りを考慮すれば、特検は避けて通れません。与党にとってはもちろん、国全体にとってもそれが最善の方策だと思います。可能でしょうか。 ■大統領を動かすファーストレディー 第二に、キム・ゴンヒ女史特検法の再採決です。 最初の峠で政治的妥協に失敗すると、「強対強」衝突以外に答えはなくなります。民主党はなるべく早期にキム・ゴンヒ女史特検法案の採決を行う予定です。尹錫悦大統領は慣性的に拒否権を行使するでしょう。その後の無記名投票による再採決で、国民の力の議員は一丸となって特検法を阻止するでしょうか。 10月4日の2度目の特検法再採決では、「反対してほしい」というハン・ドンフン代表の切なる訴えにもかかわらず、国民の力の4人の議員が造反しています。今、ハン・ドンフン代表を公に支持している国民の力の議員は20人前後です。ハン・ドンフン代表が彼らにあえて賛成票を投じるよう注文する必要もありません。全力を尽くして防がなければ、特検法は可決される可能性が高いとみられます。特検法が可決されれば、尹錫悦大統領はレームダックに陥ることになります。国民の力は分裂するでしょう。かといって野党がよくなるわけでもありません。国政はまひし、政治は一寸先も見通せない闇に陥ることになります。 そろそろまとめます。国民の力のチョ・ウンヒ議員(ソウル瑞草甲選出)が2007年7月に出版した「韓国のファーストレディー」という本があります。歴代大統領の夫人たちについての本です。序文にはこう記されています。 「大統領に運命のようにつきまとう孤独と過度な業務は、大統領夫妻を以前よりもはるかに親密にさせるという。大統領には権力の頂点で孤立した自らと現実世界とをつないでくれる生々しい世論の伝達者が必要だが、通常は配偶者がそのような役割を中心的に担う。 そのため大統領夫人は、人々の想像よりもはるかに深く、国政全般に影響力を及ぼすことになる。一国を統治する人間は大統領だが、その大統領を動かすのはファーストレディーであるわけだ」 ところが、まさにそのファーストレディーが問題を起こして事故が起きました。国の恥であり、危機です。この事態はいったいどのように解決すべきなのでしょうか。私たちには今、怒りよりも知恵が必要です。みなさんはどうお考えですか。 ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )