AIを活用した発音と英作文の個別学習で、生徒の自己改善プロセスを高速化
生成AIが流暢に英語を話し、英作文や翻訳をこなす時代、生徒の学習の質を高める手段として、AIをうまく取り入れたいと考える教師は多くいるだろう。一方で、その活用法によってはデメリットや不安もあるが、教員が正しくガイドすることで、生徒がAIを個別学習や自己改善のツールとして活用することは可能だという。 【画像】聖光学院中学校高等学校 英語科 髙木俊輔先生 2024年10月に開催された「生徒の自己改善プロセスが超高速化!AIで改革する英文添削と発音矯正」セミナー(コトバンク株式会社、株式会社アルク共催)では、積極的に生成AIを授業に取り入れている聖光学院中学校高等学校の髙木俊輔先生が登壇した。英文添削と発音矯正について、複数の生成AIを活用した髙木先生の実践を紹介する。 ■ 適切なインストラクションをもとにAIを活用する 聖光学院中学校高等学校は、神奈川県にある進学実績の高い私立男子校。髙木先生は現在、中学1年の文法を受け持っている。 髙木先生は最初に、「AIに限らず、どんなツールやサービスを使おうとも、適切なインストラクションがなければ効果は出ない」と述べた。何のために使うのか(目的)、どう使えば効果的なのか(方法)、「効果的に使えている」とはどんな状態か(達成基準)という3つのポイントを押さえた授業デザインが大切で、それがなければ、ただ使うだけで終わってしまうと指摘する。また最終的なゴールを見据えていることも重要で、髙木先生が掲げているのは、生徒に「上手な学び方のスキルを身につけてもらう」こと。AIもそのためのツールのひとつにすぎず、「使うだけで何でもできる魔法のツールではない」と語った。 髙木先生が、教材作成や授業に使用しているAIサービスは、さまざまだ。教材や英文作成は主に「ChatGPT」「Claude」「Perplexity」。音声作成は「ElevenLabs」を使用。また授業内では、中学生が発音改善に「ELSA」、英会話に「ELSA AI」を使用しているほか、高校生は英作文にChatGPTを使用したりもする。 さらに髙木先生は、授業で生成AIを活用するにあたり、教師がその仕組みを理解しておくことが大切だと語る。ポイントは、生成AIが出す回答は、ユーザーが聞いたことに対して、質問の意味を理解して回答しているのではないということ。 生成AIの仕組みとなる大規模言語モデルは、大量のデータを読み込んで統計的に確率の高い言葉を並べているにすぎない。たとえば「むかしむかし……」のあとに続く確率の高い言葉は「あるところに……」であり、それが「むかしむかしあるところに」と表現されている。一方で、確率の高い言葉が続くということは、頻繁に使われている正しい表現である可能性が高い。この特徴を知っておくことが、英作文の添削時などで非常に大事だという。 ■ AIによる音素レベルのフィードバックで発音改善 英語の授業で、発音改善の指導はかなり難しい。これまで髙木先生は、生徒一人ひとりの音読を聞いて発音の確認をしてきたというが、これでは時間的なコストが大きい。 そこで、学習の個別課題に対応できる方法を検討し、AIを活用した発音改善アプリ「ELSA」を採用した。このアプリの特徴は、生徒の発音をAIが分析し、音素レベルでフィードバックしてくれること。しかも、授業で学習した英文や教師が作成したオリジナル教材をELSAに配信することもできる。 ELSAを使うことで授業の流れも変わった。導入前は、まず文法のルールを全員で学び、例文を全員で音読する。そして、音読を重ねたうえで文法の演習を行う。次に目的の異なる音読をし、少し難度を上げた文法演習をして……ということ繰り返し、最終的なゴールを英作文にしていった。 しかし、ELSAを導入してからは、授業の中で個別の音読時間を設けられるようになった。文法のルールを学んだあとの最初の音読は、文字と音、意味を一致させるために教師が教えながら全体で音読する必要があるというが、その後は生徒がELSAを使いながら個別で音読する時間をつくっている。 これにより、授業の中で生徒全員がそれぞれのレベルに合った発音のフィードバックを得られるようになり、自分で学習を進めることが可能になった。「生徒たちも高得点が出たらうれしいようで、ゲーム感覚で楽しみながら取り組んでいます」と髙木先生は語る。ただし、生徒の中にはELSAからフィードバックをもらってもどのように発音を改善すればいいのかわからないこともあるので、その際は髙木先生がアドバイスを行っているという。 ほかにも、ELSAを導入したことで、英作文で終わっていた授業に英会話を取り入れることができたと髙木先生は話す。ELSAには、学んだ文法を使って生徒が英会話の個別練習ができる「ELSA AI」という機能がある。検定教科書に基づいた英会話のトピックが網羅されており、生徒がAI相手に会話を進めていく。何を話したらいいかわからない生徒にも、AIがヒントをくれるなど個別にサポートをしてくれる。 髙木先生は、ELSAの活用について「授業で学んだ英語を実際に通用するレベルに高めていくために大いに活用できる」と語った。生徒が学習を改善するためには「自分の学習の可視化」が必要になるが、AIを活用することで、エラーの可視化とフィードバックのプロセスを高速化できるところが大きなメリットだというのだ。 ■ AIを活用した添削指導 最後は、ChatGPTを活用した自由英作文の添削指導を紹介した。髙木先生も「自分もノンネイティブなので、この表現はアリかナシかというところに、ものすごい時間を取られていました」という。 まずは、生徒たちがプリントに手書きで英作文を書く。その手書きを生徒がGoogleドキュメントに入力し、自分自身で添削する(一次添削)。その際、あらかじめ生徒に配布しておいたChatGPTの文法チェック用プロンプトを使って、生徒自身が文法・語彙のエラーを直し、ある程度整った英文に仕上げる。 次に、その英文をGoogle Classroomやメールで担当の教師に提出。教師は、主張に対して適切な理由が述べられているかなど、論理的な側面を添削する(二次添削)。その後、教師からのフィードバックをもとにして生徒は書き直しをしたり、書き直しがない場合は、次のトピックに進んだりする。 これまでは、文法・語彙から文体、論理展開まで、教師がすべてを添削していたが、生徒たちがChatGPTで文法や語彙の一次添削をすることで、全体のプロセスが高速化した。ただし、生徒たちがChatGPTを添削に正しく使うためには、目的や使い方を教師が何度も伝えて、実際にやってみることが重要だという。そうした段階を経て、「生徒自身が自分の学習を改善するための手立てとしてAIを使えるようになり上達を実感してくれたようだ」と説明した。 一方で、ChatGPTを用いた英作文の添削指導には課題点もある。ひとつは、大学入試は手書きで時間内に書くことが求められること。髙木先生は、最初は生徒が手書きで英作文を書くようにしている。 また、ChatGPTの添削は生徒の書いた英作文を文字列としてとらえており、書きたかった内容をくみ取って修正するとは限らないため、ChatGPTのフィードバックは鵜呑みにしないこと、その表現が適切なのかを考えたうえで使うことを何度も生徒に伝えているという。 さらに、生徒が一次添削を済ませた英作文は、どこまでが生徒自身の実力なのかが見えにくい。これを回避するために、髙木先生は添削前の英作文も提出してもらっている。ほかにも、英文添削で一番難しい論理の組み立ては、書く前に構想メモを作ったり、生徒同士や教師と話し合いながら進めるのが効果的ではないかと語った。 ■ 生成AIによる大きな変化は? セミナーのまとめとして、髙木先生は「生成AIによる最も大きな変化は、学習者がその気になれば自分で学べるようになったことだ」と述べた。たとえるなら、生徒たちはいつでも練習できるバッティングセンターを全員が持つようになった。しかし、AIが自分の意図した内容を正しく表現しているかを判断するための生身の英語力は依然として不可欠であり、AIによる支援をうまく活用しながら自分の力を伸ばしていくことが重要だと髙木先生は話す。最終的に何のために英語を学ぶのか、その答えを教師は持っていなくてはならないというのだ。 また髙木先生は、AIを学習の中で活用していくフレームワークとして、ユネスコが示している「AI Competency Framework for Students」を紹介した。生徒がChatGPTの答えをそのまま写してしまうから使うのを禁止するという考えもあるが、世界はAI活用が進んでおり、人間がどう使うかが大事だと語る。 これからはAIを使うことを前提に、人間としての倫理観や責任を考え身につけなければならず、教師が適切にガイドをしていく必要があるのではないか、と問いかけてセミナーを終えた。
こどもとIT,寺田喜美子(有限会社ゲイザー)