被爆者・深堀繁美さんの告別式 浦上の地から深い祈りと平和な世界の実現訴え【長崎市】
被爆体験を語り、平和な世界を訴えるとともに原爆で犠牲になったカトリック信徒のために祈りをささげ続けた被爆者の深堀繁美さんの告別式が営まれました。 1月3日、老衰のため93歳で亡くなった被爆者・深堀繁美さんの告別式には、親族や浦上教会の信徒など約170人が参列しました。 深堀さんは14歳のとき、爆心地から約3.4キロにあった動員先の長崎市飽の浦町の三菱長崎造船所で被爆しました。 爆心地から約500メートルの浦上教会は跡形もなく崩れ落ち、教会の裏にあった自宅も家族も失いました。 深堀繁美さん 「この辺がみんなそうたい、姉と弟、妹、親父 繁松から昭子まで、これだけ亡くなった」「もうね、悲しさは通り越してしまった。みんな亡くなってしまっているし、生きている人が少ないんだから」 原爆で亡くなった浦上の信徒のために設けられた小聖堂で祈り続け、修学旅行生などに被爆体験を語ってきました。 2019年にはローマ教皇として初めて長崎の爆心地を訪れた教皇フランシスコに献花のための花輪を手渡しました。 核兵器廃絶と、連帯を力強く訴えた教皇に背中を押され、2020年の平和祈念式典では平和への誓いを述べました。 平和な世界の実現を求め、世界の若い世代に呼びかけました。 深堀繁美さん(当時89) 「被爆者には、もう限られた時間しかありません。『平和な世界を実現するには、すべての人の参加が必要』との教皇の呼びかけに呼応し、一人でも多くの皆さんがつながってくれることを願ってやみません。特に若い人たちには、この平和のバトンをしっかりと受け取り、走り続けていただくことをお願いしたいと思います」 遺族によりますと、深堀さんは2024年11月に肺炎などを患い、市内の病院に入院し、年末に自宅に戻った際もベッドの上でロザリオを手に祈っていたということです。 長女 瑠美さん 「病院でもロザリオを持ったまま穏やかな顔をしていました」「家族のため、皆のために祈り続けた日々でした」 深堀さんの深い信仰と平和への祈りはこの浦上の地に受け継がれます。
テレビ長崎