『光る君へ』柄本佑が道長として演じ分ける“2つの顔” 『源氏物語』「若紫」誕生の瞬間も
『光る君へ』(NHK総合)第34回「目覚め」。興福寺の僧らが都に押し寄せてきた。興福寺の別当・定澄(赤星昇一郎)は朝廷に要求を突きつけ、自分たちの訴えを聞き入れなければ土御門殿を焼き払うと道長(柄本佑)に迫る。道長は事の収拾に奔走することになる。一方、宮中ではまひろ(吉高由里子)が書き進めている物語が宮中の話題を集めるが、肝心の一条天皇(塩野瑛久)と中宮・彰子(見上愛)の関係は深まらず、道長は頭を悩ませる。 【写真】予告編に登場した斎院の中将(小坂菜緒) 第34回では、政と入内した娘の行く末に頭を悩ませる道長に着目したい。政に向き合う道長は、父・兼家(段田安則)のような政治の進め方はしないが、すでに彼を超えるような重厚感をまとっている。道長を演じている柄本は、政治的に重要な役割を担う道長の冷静沈着さと、時折あらわになる感情に素直な一面を見事に演じている。 柄本演じる道長は父・兼家とは違い、権力を得て政治のトップに躍り出ようと画策する人物像ではないが、脅迫に怯むことなく定澄を見据える姿には兼家を超える重厚感を覚えた。とはいえ、南都からやってきた僧兵たちもなかなか手強い。道長らが陣定で対応を協議している最中、僧兵たちは朝堂院に押し寄せる。予想外の出来事に驚き、舌打ちをしながら表情を崩す様子、一条天皇に報告する際の焦りを隠しきれない声色には人間味があった。 検非違使を差し向け、僧兵を追討させたが、定澄は再び道長との面会を望んだ。武力を行使するような政治を望まない道長は、この一件に慎重に向き合う。藤原顕光(宮川一朗太)から報告を受けた後、険しい顔つきで考え込む姿は凛々しく、道長の責任感の強さが感じられる。定澄との面会では、慶理(渡部龍平)が差し出したものに一切手を触れず、定澄の要求に最後まで耳を傾けつつ、毅然とした態度でほとんどの要求を拒んだ。一連の柄本の演技から、道長が政に関わる心配事をいくつも抱えながら、冷静さを保ち、最善を尽くそうとする姿勢がしっかりと伝わってくる。 一方で、まひろの前では心の緊張をゆるめることができるからか、道長はどこか弱々しい。一条天皇と彰子の関係にいまだ進展がないと知ると、道長は落胆した様子で「なんとかならぬか」「このままでは不憫すぎる」と口にした。彰子の心の内には強い意志があることを察しているまひろは、道長に焦らぬよう諭すが、道長は悄然としたままだ。第33回の道長とまひろのやりとりでもそうだったが、道長がまひろを真剣なまなざしで見つめる時、彼の言葉に偽りはない。道長は「お前が頼みだ。どうか、頼む」と頭を下げた。柄本の演技からは、本当にまひろだけが頼りなのだと思わせる真剣さが感じ取れる。 公式サイト内のキャストインタビュー動画「君かたり」で、柄本は彰子を思う道長の心境について、本来であれば彰子を入内させず、幸せに暮らしてほしかったが「いろいろな政に巻き込んでしまっているので、よりその中でも彰子さんが一番幸せをつかめるようにしてあげたい」「政治家としてというよりは、一人の父親として」娘を思い、行動している気がする、と答えている。 だからこそ、「上巳祓」の日に彰子とまひろが話すのを見て、少し安堵したに違いない。まひろは奥ゆかしい彰子が少しずつ一条天皇に心を開くよう働きかけている。彰子もまた、そんなまひろとのやりとりには感じ入るものがあるようで、控えめな面持ちはそのままながらも、あらゆる感情が表に出てくるようになった。遠くで2人を眺めていた道長の口元が思わず緩む。ふと和らいだその顔は、政に向き合う時とは異なり、娘の幸せを望む父親そのものだった。 物語の終わり、都では敦康親王(渡邉櫂)が病にかかり、火事が続くなど不吉な出来事が続いたため、道長は世の安寧と彰子の懐妊を祈願すべく金峯寺への参拝を決めた。道長が京を出立することを見込んで何やら企む伊周(三浦翔平)の動きはやや不穏だが、道長の一世一代の決断が実を結ぶことを願ってやまない。 第34回では、『源氏物語』の登場人物である「若紫」が誕生する印象的な場面も描かれた。まひろは道長から褒美として贈られた扇を見つめた後、『源氏物語』の構想を練る。 「小鳥を追っていった先で出会ったあの人。あの幼い日から、恋しいあの人のそばで、ずっとずっと一緒に生きていられたら、一体どんな人生だっただろう」 そんなことを思いながら、ふと傍らに留まった小鳥を眺めていると、その視線の先に幼い女子が現れた。まひろの頭の中に一人の少女の姿が浮かんだのだ。まひろが筆をとると、第31回で『源氏物語』が“舞い降りた”場面と同じ音楽が流れ、まひろの豊かな才が溢れ出す様が伝わってくる。若紫は、主人公・光源氏によって幼いうちに引き取られ、育てられる。本作における若紫の立ち位置は、まひろが選ばなかった道の続きだ。そして、まひろが俊賢(本田大輔)に伝えていたように、『源氏物語』の登場人物や物語に誰の姿を投影するかは読む人次第。一条天皇や彰子、公卿や女房たちが若紫をどのように解釈していくのかも気になるところだ。
片山香帆