「教育と訓練を変えないと…」安倍元総理や岸田総理の事件現場を検証した要人警護のプロが鳴らす警鐘
’22年7月8日に、安倍晋三元総理が凶弾に倒れる痛ましい事件が発生した。どのような憤りがあったとしても、殺人は犯罪であり許してはならない。再発を許さないためにも三回忌を機に事件を再度、要人警護のプロである国際ボディーガード協会(AICPO)の小山内秀友氏(51)に検証してもらった。前編の記事「顧客は海外の王族から世界的スポーツ選手まで……敏腕ボディーガードが明かす「これまでの最大の敵」』で紹介した小山内氏は中東の王族から国賓、著名海外アーティストやスポーツ選手などを警護する国際ボディーガード協会の副長官であり、同協会の日本支部代表でもある。 顧客は海外の王族から世界的スポーツ選手まで…敏腕ボディーガードが明かす「これまでの最大の敵」 まず、安倍晋三元首相が演説した近鉄大和西大寺駅は人通りが多く、選挙カーを置きにくい。人通りの多い場所での遊説は、選挙カーを置いてその車上から行うことが多い。高い車上にいれば、徒歩で近づいてくる襲撃者が近寄りづらい。エリア内に選挙カーをいれて、背後を守る方法もあったが、当日の選挙カーは車上からの演説ができるモノではなく、駐車スペースがないために車を演説者近くに置くこともできなかった。 四方をガードレールで囲まれた場所で、どちら方向からでも遊説者が見える。大型商業施設が隣接し、駅もあることから有権者は集まりやすい。この形は善良な市民に向けてのアピールをするには良いが、悪意の襲撃者がいれば360度、全ての方向に対して警護が必要となる場所だった。襲撃者にとっては最良の場所だった。 奈良県警は前日夕方に決まった安倍氏の演説に対して、急遽、警護・警備計画を立てた。県警と陣営スタッフが現場を訪れて安倍氏の立ち位置を決めたという。この場所、警備計画について、小山内氏に聞いた。 ◆警備計画に問題はなかったのか 「この事件現場となった近鉄大和西大寺駅前のガードレールで囲まれたゼブラゾーンは、四方のどこからでも襲撃できる最悪の場所でした。警備計画の基礎中の基礎であり、計画を立てる時に、最初に考えるべきことが『バウンダリー(Boundary)の設定』です。バウンダリーというのは『境界』という意味なのですが、どこまでを自分たちの警備責任ゾーンにするのかを決めることです。例えば、霞が関で重要なポストの官僚を警護する場合、霞が関全体を警備するのは不可能なので、警護対象者を中心に、どこまでが警備範囲になるのかを決めます。これが『バウンダリーの設定』です。 そして、その境界の範囲内に不審な人が近づいた時にすぐに気づくことのできる体制をつくっておく。また、不審者や部外者がそのゾーンに入ってきた時に、すぐ対処できるような対応策を決めておきます。特に出入口や通路等人の動く動線を意識します。 このゾーンに入るポイントでは、『アクセスコントロール』と呼ばれる出入りチェックを行い、警備のコントロール下に置く。要人警護業務ではこの警護責任ゾーンの設定を事前に明確に決めておきます。これが『バウンダリーの設定』です。安倍晋三氏の周辺を警護していた警察官たちの動きを見ていると、この『バウンダリーの設定』も『アクセスコントロール』もできていなかったように思います。現場でどんな危険が起こり得るかを現実的に想定していなかったのかもしれません」 安倍晋三元総理銃撃事件では要人警護の訓練を受けたSPはわずか1名。さらに前日夕方に急遽決まったスケジュールだったこともあり、急ごしらえの奈良県警の警護チームは要人警護についての徹底した教育がなされてはいなかった。警視庁がまとめた報告書によると、遊説中のゼブラゾーンの警備態勢は奈良県警から3人と警視庁のSP1名の4名だけだった。奈良県警の警備員たちは前方の聴衆を警戒し、背後を見ていた警備員1名は自転車等に気を取られ、近づいてくる被疑者には全く気付いていなかった。