「私がペンギンです」(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「ペット」です *** ペンギンをペットとしてともに暮らす。奇想天外な話だけれど、でも家にペンギンがいるのは、心なごむことである。ウクライナの作家アンドレイ・クルコフの小説『ペンギンの憂鬱』(沼野恭子訳)はしみじみ、そう感じさせてくれる。 なにしろペンギンは静かなのだ。主人公ヴィクトルは動物園からもらい受けた皇帝ペンギンと、孤独な者同士「補いあって」暮らしている。売れない小説家の彼は、まだ生きている人物の追悼記事を書くという変な仕事にありついた。ギャラはいい。ペンギンのミーシャは執筆の邪魔にならない。うるさく騒いだりせず、夜中に「ぺたぺた」足音を立てて歩きまわるくらい。 バスタブに冷水を張ると飛び込んで、大喜びで遊んでいる。食事は主に新鮮な冷凍カレイだ。感情表現はあまりない。でもふと、主人の膝に自分の体をおしつけて、そのまま動かなくなったりする。撫でてほしいのだ。体長一メートルのじつに可愛い相棒である。 だが静かな日々には剣呑な出来事が次々に起こり、破滅の予感さえ漂い出す。しまいにヴィクトルは暗い声でこんな一言を発する。 「私がペンギンです」 作者によれば、本来群れをなすペンギンが一羽だけでいるのは「ソ連時代を生きた人間にそっくり」なのだという。原作刊行は1996年。ソ連のくびきを脱したはずが、ロシアに苦しめられているウクライナの現状を思うと、ひときわ切ない。彼の地のペンギンたちは今、どうしているだろう。 [レビュアー]野崎歓(仏文学者・東京大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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