序ノ口はわずか2ミリ、伝統の「相撲字」で書く番付表に詰まった行司の矜持 軍配と筆を握り続けた15年、木村容堂さん書き手交代
この場所は幕下から序ノ口を仕上げ、幕内にも着手。その最中に不祥事では初の中止が決まった。番付発表の必要はなくなったが、当時の放駒理事長(元大関魁傑=故人)からの指示は「とにかく書いてくれ」。最後まで書き上げた“幻の1枚”は非公開で今も相撲協会に保管されている。 木村容堂さんの15年間で会心の出来栄えはない。「どれも反省点だらけ。ここをこうすれば良かったと毎回思う。最後の1枚もいっぱいあった」と言う。毎日の取組、本場所や巡業開催会場に張り出す告知なども全て手書きの相撲字。行司は軍配よりも筆を持つ時間の方がはるかに長い。「力士の稽古と一緒で努力を怠ると腕は落ちる。自分がうまいと思うと進歩はない。若手への指導も大事。番付は書かなくなったが、これからも筆を持たない日はない。そして土俵上では力士に安心して相撲を取ってもらえる裁きが求められる。われわれ行司の仕事は周囲に信頼されてこそ成り立つ」と相撲道への誇りをにじませた。
番付表には「お客さんがぎっしりと埋まりますように」との験担ぎとして、空席を連想させる余白を極力なくす工夫も凝らされている。豊昇龍、大栄翔、若元春の3関脇が大関昇進に挑む名古屋場所は初日から「満員御礼」の盛況。この垂れ幕も相撲字だ。世界に一つだけの伝統文化には、受け継がれてきた道の奥深さがある。