序ノ口はわずか2ミリ、伝統の「相撲字」で書く番付表に詰まった行司の矜持 軍配と筆を握り続けた15年、木村容堂さん書き手交代
大相撲にさほど関心のない人でも、力士たちのしこ名が書かれた「番付表」を見たことがあるのではないだろうか。最高位の横綱から大関、関脇、小結、前頭までの幕内から十両、幕下、三段目、序二段、最下位の序ノ口へと下っていき、1枚の紙に独特の毛筆書体「相撲字」で整然と明記される。今も昔も1人の行司が書き上げる。その書き手が今春、約15年ぶりに交代。後進に託したバトンならぬ筆を長年担ってきた歳月は、国技の命を受け継ぐ矜持にあふれていた。(共同通信=田井弘幸) ▽助手時代から史上最長35年の番付人生 木村容堂さん(61)=本名洞沢裕司さん、東京都出身、九重部屋=は最高位の立行司に次ぐ三役格行司で、2007年九州場所から23年初場所までの間、戦後7人目の書き手として番付表を仕上げてきた。黒枠や力士一人一人のスペースに線を引く助手時代と合わせて35年間も携わったのは、史上最長だという。今年3月の春場所から後輩行司に大役を譲り「今まで長かった人でも15年だった。気持ちとしてはもっと書きたいが、代わるべきところで代わらないといけないでしょう」と心境を語った。 番付の歴史は古い。日本相撲協会の資料によると、江戸時代の1700年頃に板に書かれたものが始まり。現在は縦110センチ、横80センチのケント紙に行司が筆で書き、それを縦58センチ、横44センチの紙に縮小して印刷し、番付表が完成する。各相撲部屋への配布用などで約40万枚が刷られ、一般には本場所会場などにおいて55円で販売される。今月9日開幕の名古屋場所では約630人の力士の他、親方や行司、呼び出し、まげを結う床山なども載っている。
▽1日8時間、4本の筆で一心不乱、約2週間かけて完成 木村容堂さんに完成までの作業工程を尋ねると、まるで時計の針が刻々と進むかのように正確だ。 年6回の本場所終了から3日後の水曜日、相撲協会審判部が番付編成会議を開く。ここで翌場所の番付が決まり、横綱から序ノ口までの力士のしこ名だけが記された巻物を書き手が受け取る。木曜日に各力士の出身地を記入。金曜日に助手の行司と丸一日かけて読み合わせ、改名など変更点の確認を終える。 ここから本格的な執筆が始まる。1、5、9月の東京場所は土曜日、3、7、11月の地方場所は移動日を伴うため日曜日から筆を握り、約2週間で完成させるという。 東京都府中市にある2階建ての一軒家。2階の10畳ほどの洋室が木村容堂さんの仕事場だった。フローリングに座布団を敷き、大きめのテーブルにケント紙を広げて毎日書く。午前と午後に4時間ずつの計8時間、字の大小に応じて3、4種類の筆を使い分け、一心不乱に書き続ける。「夏場に冷房をかけないで書いていたら、紙に汗がしみ出て大変だった。梅雨の湿っぽい時期は筆の滑りや墨の乾きが悪い。冬に暖房をかけると墨がべたべたしてしまう」。春夏秋冬を巡る大相撲と同じく、番付表も四季折々の趣に満ちている。