「雌に選ばれるのは、つよい雄」説が、あながち間違いとも言えないワケ…生物の進化学から考える「この世界での生存条件」
無用の用
体色に関する雌グッピーの好みには、他にも様々な要素があり、単純なものではない。このように生物の性質を決める遺伝的な仕組みは、一般に非常に複雑だ。多数の遺伝子が相互に影響し合って、形質が制御されている。これを遺伝子制御ネットワークと呼ぶが、その構造は、ひどく無駄が多い。 例えば、同じ機能を果たす遺伝子が沢山ある一方、何の機能も果たさない領域も多い。無駄に多くの経路で遺伝子発現が調節されている。まるでツギハギだらけの計算機プログラム、複雑怪奇な巨大ソースコードである。いったいなぜこんな無駄だらけの複雑な制御の構造が進化したのだろうか。 この問いに答えるために、河田博士と津田真樹(つだ・まさき)博士のチームが試みたのは、動物のゲノム構造の解析と計算機シミュレーションである。その結果、ランダムに変動する環境では、重複した遺伝子の多い、複雑な遺伝子ネットワークの方が実際に進化することが示された。複雑で無駄の多いネットワークは、頑健で適応進化が起こりやすく、変動環境では単純なネットワークより有利なのである。 同じ役割を果たす遺伝子が複数あれば、そのうち一つの機能が損なわれても、他で代用できる。いわば故障部品のスペアである。しかも余剰な遺伝子を変化させることで、正常に発育するために不可欠な既存の機能を損なわずに、新しい機能を獲得できる。また複雑で大きな遺伝子ネットワークでは、小さくて無害な突然変異が、多くの遺伝子で生じうるので、その総和として、表現型に大きな進化的変化が容易に起こるのである。 実際に昆虫や哺乳類のゲノムデータから、変化に富む生息環境に適応した系統では、同じ遺伝子が重複してできた重複遺伝子の数が多いことが確かめられた。変化がない、あるいは一定の方向にしか変わらない世界では、余剰のない小さなシステムが有利になる。しかし、どう変化するかわからない世界では、余剰の多いシステムが有利になる。そして余剰は創造性の源なのである。 *こちらの続きは、4月23日公開です。 ---------- 進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語 ダーウィンの呪い ----------
千葉 聡(東北大学教授)