宇宙空間でも“死なない”生物 乾燥状態から水で蘇生
カギとなる二糖類「トレハロース」
ネムリユスリカのクリプトビオシスについては、糖類のうちの二糖類「トレハロース」がそのメカニズムのカギだ。周囲の環境がゆっくりと乾燥状態になると、ネムリユスリカの幼虫の体内では、脱水化と同時にトレハロースの合成と蓄積(乾燥重量分の約20%)が起きる。これが細胞内の水分と置換され、さらに特有のLEAタンパク質によって非晶質のガラス化状態となり、細胞膜や細胞質の生体物質をしっかり保護する。乾燥の途中で発生する活性酸素によって遺伝子のDNAも損傷するが、蘇生時には修復される。しかし急速な乾燥状態では、幼虫はほとんどトレハロースを蓄積できず、水で蘇生できないことなどが分かった。 トレハロースは、自然界の動植物や微生物などにも存在し、我々の食品や化粧品などにも利用されている。干しシイタケが水で元の状態に戻るのも、トレハロースの働きによるものだという。線虫やクマムシのクリプトビオシスも、トレハロースの体内蓄積によって起こるが、関係しているタンパク質が、ネムリユスリカとは違うらしい。クマムシも乾燥状態では“樽(たる)”型となり、150度以上の高温や絶対零度(零下273度)近くの低温、真空や強い放射線にも耐える。 こうしたネムリユスリカの“乾燥幼虫”の能力を実際に宇宙空間で確かめようと、ロシアは2005年に初めて国際宇宙ステーションに運んだ。210日間、実験棟に保管して、地球に戻って水で戻したら、ちゃんと蘇生した。その後の実験では宇宙空間に直接13か月、18か月、31か月の間さらした。宇宙ステーションが地球を約90分で一周する間に、100度の高温と零下100度の低温、さらに強烈な宇宙線を浴びてネムリユスリカを入れたプラスチックは原型をとどめていなかったほどだが、“乾燥幼虫”は地上で見事に生き返ったという。若田さんの今回の実験もロシアと共同で取り組んでいるもので、“乾燥幼虫”の詳しい環境耐性や遺伝子の変異などについて調べる。
新登場の「ヌマエラビル」
同研究所と東京海洋大学の研究チームは今年1月、ニホンイシガメやクサガメなどに寄生する淡水性のヒル「ヌマエラビル」を、新しいクリプトビオシスの現象を示す生物として発表した。零下196度の液体窒素で凍結しても死なず、マイナス90度の環境下で32か月間も生存し続けたが、体内ではトレハロースの蓄積は確認されなかったという。 米国の研究グループは、トレハロースを利用したヒト血小板の常温乾燥保存に成功している。小さな虫たちの特殊機能を生かすことで、農業や食品、医療などの幅広い分野でさらに、さまざまな生体細胞の常温保存法が考えられようとしている。 (文責/企画NONO)