『虎に翼』が盛り上がっている今こそ観たい! 脚本家・吉田恵里香の手腕が光る3作品
『恋せぬふたり』
岸井ゆきのと高橋一生がW主演を務めた『恋せぬふたり』(NHK総合)は“アロマンティック・アセクシュアル”の男女を描いた作品だ。アロマンティック・アセクシュアルとは、他者に恋愛感情を抱かず、性的にも惹かれないセクシャリティのこと。そんなセクシャリティを持つ2人がひょんなことから同居生活をはじめ、自分たちなりの生き方を模索する姿が映し出された。 印象的だったのは、「恋しない人間もいる」という台詞だ。よく考えてみれば、当たり前のことなのに、恋愛至上主義においては男女が一緒にいるとすぐに恋愛に結びつけられ、クリスマスやバレンタインといったイベントも、恋する人たちのものとして集約されてしまう。勇気を出してセクシャリティを明かしても、「まだ好きになれる人に出会っていないだけ」「いつか運命の人に出会える」と本人は励ましと思っている言葉をかけられることもしばしば。そんな悪意のない言動に苦しむ2人の姿がドラマでは丁寧に描かれていた。 なお、 アセクシュアルやアロマンティックの主人公を描いたドラマは日本の地上波初とも言われている。同じセクシャリティを持つ人たちにとっては、地上波のドラマで「恋しない人間もいる」と断言してくれたこと自体が救いになったのではないだろうか。インタビューによると吉田は以前からこのテーマで企画書を出していたようで、改めて彼女の多角的な視点に驚かされる。本作で吉田は第40回向田邦子賞を受賞した。
『生理のおじさんとその娘』
『虎に翼』では生理に関する描写がたびたび登場し、話題になっている。寅子は生理が人よりも重く、学生時代も数日間授業を休んだり、弁護士になるための高等試験でも生理のせいで本領が発揮できずに帰宅後に泣き崩れる姿が描かれた。人によって重い・軽いの差はあれど、女性にとって生理は切っても切り離せないものだ。にもかかわらず、エンタメ作品では「わざわざ描く必要のないもの」として扱われてきた。 そんな生理の問題に真正面から向き合ったのが、『生理のおじさんとその娘』(NHK総合)だ。2023年3月24日に特集ドラマとして放送され、ちょうどフェムテック(女性特有の健康課題をテクノロジーの力で解決するための製品・サービスのこと)分野の開発が盛んになってきた時期と重なったこともあり、大きな話題を集めた。 主人公は、生理用品メーカーの広報マンで、高校生の娘と中学生の息子を育てるシングルファーザーの幸男(原田泰造)。生理に詳しすぎるおじさんとして一躍有名になるも、テレビで娘・花(上坂樹里)の生理周期も把握していることを明かし、炎上してしまう。そんな幸男と花の親子喧嘩を描いた本作。生理について理解を示すこと、それ自体は悪いことじゃないし、むしろありがたい。けれど、幸男が良かれと思ってやっていることの中には押し付けになってしまっているものもいくつかあった。 生理には多様性があり、してほしいことも人によって異なる。大事なのは生理をタブー視せず、当事者が困った時に本音や要望を伝えられる環境を整えること。最後には、幸男と花が自分の思いをラップに乗せて届ける。伝えたいことをしっかりと盛り込みつつ、エンタメとして楽しめるものにする吉田らしいラストシーンだった。 本作や、2022年10月期に放送された『君の花になる』(TBS系)でも、恋愛に終始しない男女の関係や同性愛・バイセクシュアルの登場人物を描いている吉田。『虎に翼』で轟の花岡(岩田剛典)に対する秘めた思いが明らかになる回の放送後、自身のX(旧Twitter)アカウントで「私は、透明化されている人たちを描き続けたい」「描き方には注意を払うものの、私は現実にあるものを書いているだけ」と真摯な発信を行っていたように、彼女は社会から透明化されている人や事柄を、ごく当たり前に存在しているものとして作品に盛り込む。世の中で常識とされていることに「はて?」と疑問を投げかける寅子の姿勢を吉田自身も持っているのだ。寅子の時代からほぼ変わらない婚姻制度にメスを入れる今週も注目していきたい。
苫とり子